フェアリーテイルによく似た
けれど、明けない夜なんてやはりないらしい。
フィーンという自動ドアの音で反射的に離れ、私は慌てて立ち上がる。
「いいい、いらっしゃいませ! おおお好きなお席にどうぞ!」
来店された女性二人はお互いの話に夢中で、私の方は見ていない。
「平雪さん、素敵なお店知ってるんですね」
「ハーブは詳しくないけど、味はどれもおいしいよ。今度は灰川さんのおすすめのお店も教えてね」
「いいですけど、日々亭、日曜定休なんですよね」
ホッとしながらお水を注ぐ私の足元で、有紀さんは声を殺し、肩を震わせて笑っている。
その表情は文字からは想像できなかったほど艶っぽく、『有紀さん』はやはり男の人なんだと感じられた。
その目で見つめられていると思うと、トレイを持つ手も覚束なくなる。
「私はアップルミントティー。灰川さんは?」
「じゃあ、私はなつめ茶にします」
「ではアップルミントティーとなつめ茶、それぞれハーブチキンサンドのセットでございますね? かしこまりました」
注文を受けてカウンターに戻ると、もう有紀さんの姿はなかった。
代わりに、さっき名前を書いてもらったレシートが残されている。
「おはようございまーす?」
出勤してきたアルバイトの子が怪訝な表情をするので、「おはようございます」と早口で答えて、急いで厨房の方に顔を向ける。
きっと今の私は、レモンを落としたマロウブルーティーのように、ピンク色になっているに違いない。
『仕事が終わったら迎えに来ます』
やっぱり惚れ惚れするのは、もう文字の美しさのせいだけじゃない。
『君と一緒にまどろみたいし、いつまでも眠りたくないし、困る』
end