守神様の想い人
「サァラ、立てるかい?」

私達は守神様のお言葉に甘えて休むことにした。

そこには大きなベッドに真っ白な、見るからにふわふわの夜具が用意されていた。

村を出る前に体を清めてきたものの、こんなにも綺麗な夜具を使っていいものか迷っていると………。

「ねぇ、サァラ?不思議なんだけど、一昨日に切った手の傷が消えてるのよ………。」

母が自分の手をしげしげと見つめていた。

「血がついてしまうといけないと思ったんだけど………、ここじゃなかったのかねー?」

その時ふと、さっきの守神様の言葉が頭に浮かんだ。

『ここに居ると、食事や不浄や、およそ人間らしいことに縁がなくなるんだ。』

母も同じことを思ったらしく、二人で顔を見合わせた。

それから、二人ともお互いや自分のあちらこちらを見合い、傷はおろか、傷痕やアザさえも消えていることに気がついた。

「守神様のお力なんだねぇ………。」

母はしきりに首をかしげて、消えた傷のあたりをながめている。

しかし、たった一つ、………………生れたときからある私の左手の小指のアザだけが消えていなかった。


ひとしきり感心したあと、夜具に遠慮しがちにもぐり込み、いつのまにか二人とも疲れからかグッスリと眠っていた。

次の朝、目が覚めて、二人で昨日通された部屋へ行ってみた。

そこには守神様のお姿はなく、二人で探すと、外への扉が開いていて、守神様がなにやらうずくまっているのが見えた。

近づいてみると、守神様は小鳥たちを相手に遊んでいた。

『おはよう。昨夜はよく眠れた?』

振り返った守神様はにこやかだった。

「おはようございます。はい、よく眠れました。あの………、ありがとうございます。」

母も今朝は緊張しながらも笑顔で挨拶をした。

『うん。なら良かった。』

小鳥たちが挨拶が終わったかのように飛び立つと、守神様はゆっくりと立ち上がった。

『ねぇ、サァラに見せたい所があるんだ。送る前に一緒に来てくれるかい?』

私はうなづき、母ももう守神様を信頼した様子でうなづいた。

「じゃあ私はここで待ってますね。」

『ごめんね、ミア。サァラ、おいで。』

守神様が差し出した手を取ると、目に写っていた景色が薄れ、体がふわりと浮く感じがしたけど、すぐにおさまり、次に見えたのは見たこともない大きな川だった。

「すごい………なんて広い川っ!」

『ふふっ、川じゃなくて、海だよ。』

「う………み?」

守神様はじっと海の彼方を見ている。

あまりに遠すぎて、最後は見えなくなっている。

守神様の横顔に見とれていると、不意に守神様が振り向き微笑んだ。

『サァラ………。』

私の名前を呼びながら、そっと頬に手をあてがった。

途端に様々な瞬間が目に浮かんでくる。

笑う守神様。

寂しそうな守神様。

拗ねた守神様。

怒る守神様。

悲しむ守神様。

照れる守神様。

これは………何?

『………………………。』

私は………………………………………………。

『さぁ、帰ろう。ミアが待ってるよ。』

守神様の声にハッと我に返った。

『雨かな?』

守神様の頬を滴がひと粒………つたって落ちた。

それから、守神様が私の手をそっと握ったかと思うと景色が霞んだ。

気がつくと、母のいる所へと戻っていた。

「お帰りなさい。」

『待たせたね。さぁ、送っていこう。』

守神様は母の手もとり、次に見た景色は昨日手を振りながら見た村の入り口だった。

「ええっ!?」

母は驚いてはいたが、もう、怖がってはいなかった。

『今から言うことを村の皆に伝えてほしい。もう、これからは贄の儀式はしないこと。雨が欲しいのなら、狼煙(のろし)をあげて歌っておくれ。私に聞こえるように。その約束の証拠に今夜の満月に三重の虹をかけるからね。』

「守神様………。」

『じゃあね、ミア、サァラ………。』

そう言ったかと思うと、守神様はそこにいたのが夢かなにかだったかのように見えなくなった。

私と母は呆然と立ちすくんでいた。

まるで本当に夢だったんじゃないかと疑うように………。

「サァラ?!お母さん!!」

背後から驚いて叫ぶ声が響いた。

振り向くとリジュアが走ってきて私たちを抱きしめた。
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