守神様の想い人
『サァラ………………、サァラ………………、』

体の重みを感じないなか、夢にまで聞きたかった声が響く。

「守神様………………。」

私の目尻から温かい滴が伝って落ちていく。

(声だけでも………、こんなに満たされた気持ちになるなんて………………。)

『サァラ!』

ぼんやりした頭にだんだんハッキリ聞こえてくる声。

腕や背中を誰かに支えられていることに気がついた。

『バカッ!サァラ!目を開けろ!!!』

「バ、バカ…サァラ?」

驚いて思わず目を開けると、そこには必死の形相で私を睨みつける守神様がいた。

およそ神様らしくない乱れた様子の守神様が………………。

「も、守神様?」

守神様はキッと私を睨むと、

『バカだ!お前は!何をやってるんだ!!!』

そう言って、私をぎゅっと、苦しいほど抱きしめた。

私の肩に守神様が顔を埋めている。

どれくらいそうしていたのか、しばらくして、守神様は顔をあげた。

さっきよりは落ち着いた様子で私を見ている。

しかし、笑顔はない。

なんと言ったらいいか分からず、守神様を見つめ返した。

でも、やっと会えた………………、それが嬉しくて顔が自然にほころぶ。

『なにを笑ってるんだ。』

不機嫌そうに守神様が言う。

私は正直に返事をした。

「お会いしたかったです………、守神様。」

とたんに真っ赤になった守神様は、ますます不機嫌な顔をして怒り出す。

『本当に!お前はバカだ!!!私がどんな思いでお前を村に………………、返したと思うんだ………………。』

最後は力なく言って、私をそっと寝かせた。

そこで初めて、私は自分が今、守神様のところにいるんだと気がついた。

「守神様が助けてくれたんですね。ありがとうございます。」

背中を向けて立っている守神様に声をかけた。

『サァラが私を呼んだからだ。』

「す、すみません。」

少しの沈黙のあと、

『呼ばなかったら、もっと怒ってた。』

そう言って、どこかへ行ってしまった。

とにかく、無事に………とは言えないけれど守神様に会うことができた。

でも、迷惑をかけて、しかも、怒らせてしまったみたいだ。

「はぁ………。どうしよう。」

しばらく考えてみたけれど、あやまるしか思い浮かばない。

もし、許してもらえるなら………、言いたいことは決まっていた。

私は立ちあがり、守神様を探した。

外に守神様はいた。

まだたぶん怒っているかもしれないけど、それならなおさら、あやまらないと………。そう思って声をかけた。

「守神様。」

『………なんだい、サァラ?』

それは、優しい守神様の声だった。

「あの、私、ご迷惑をおかけしてしまって………、すみませんでした。」

『………………、迷惑だなんて思ってない。サァラが無事で良かったし、それに………、』

(それに?)私は黙って言葉の続きをまった。

守神様はゆっくり私の方へ向き近づいてくる。

そして、前まで来て、そっと腕をのばした次の瞬間、私を抱き寄せもんだから、私は驚いて声も出せなかった。

『それに………………。私もどんなにサァラに会いたかったか。』

私を抱きしめたまま、腕の力が強められた。

「守………神様?」

『苦しかったかい?ごめん。』

「いえ………。」

言葉とは裏腹に寂しそうな守神様に何も言いだせずにいると、守神様が私を抱きしめていた手をほどき、正面から見つめた。

『サァラ………。海を見ながら話をしていいかな?』

返事を待たずに守神様は私を海に連れてきた。

お日様の光がキラキラと反射して眩しい。

「綺麗ですね。」

『うん。』

少しの間、二人で海を眺めた。

『サァラ、なぜ私に会いに来たの?』

守神様が海を見たまま訊いた。

「贄として守神様にお会いしたあの日から、守神様のことしか考えられなくなってしまってしまいました。」

私は素直に話した。

「守神様のお側においてもらえませんか?」

『サァラ………。』

守神様の声と繰り返される海の音が耳に心地いい。

私がそっと守神様のほうを見てみると、守神様も私を見ていたことに気がついた。

そのまま見つめあいながら守神様が話しだした。

『サァラ、君がここに私と来たのは何度だと思う?』

「今日で………、」二度目。そう言う前に守神様は続けた。

『もう、数えきれないほど………、一緒にここから二人で海を眺めたんだよ。君は今は忘れているけれどね。』

そう言ったあと、少し寂しそうな顔をした。

『君が初めて私のところへ贄として来たのは、もう随分と昔のことだった。

森に人が来ることは多くはなかったけど、時々訪れることはあって、でもすぐどこかへ帰っていった。

最初に君が一人で森に残されたときに、私はどうしてなのかわからなくてね、そのうち帰るのかと思ったら、辺りが真っ暗になってもずっといるんだ。震えながら………。』

守神様は少し思い出すように遠くを見た。

『さすがに気になって思わず話しかけたんだ。どうしてここにいるの?ってね。

そうしたら、今にも泣き出しそうな声で、私は贄として来ました、どうか村に雨を降らせてください………って。そのときの君は………、とっても怯えていたけど、愛らしくて………………。私は一目で虜になってしまった。』

守神様は恥ずかしそうに少し顔を赤らめた。

『雨なんて精霊たちが勝手に降らせるから、私が気にかけたことなんてなかったんだけど、その年は精霊たちの気まぐれで日照りが続いていたらしい。作物が育たなくて困ってるって言うから、すぐに雨を降らせたんだ。

それで、帰るのかなって思ったら、帰らないんだ。
贄として村を出てきたから、帰るところがないって。
だから、ずっとここで一緒にいた。

その時の名はサァラじゃなかったけどね。』

守神様がイタズラっぽく笑う。

『サァラが来てからというもの、毎日が楽しくて………。そうそう、喧嘩もした。』

守神様が吹き出す。

『ちゃんと食事しないと体に悪いって、無理に食べさせようとするんだ、サァラが。

でも、怒る顔も可愛くて、すぐに仲直りしちゃうんだけどね。』

それから少し寂しそうな顔になる。

『でも、サァラは人だから………、寿命が尽きたら体を捨てなくてはいけなくて………………、私のもとからいなくなるんだ。

最初はそれが悲しくて、笑わなくなったサァラの亡骸(なきがら)をずっと抱きしめていたよ。

でも、自然の摂理にはかなわない。魂の抜けた亡骸は自然に還っていくんだ。』

守神様が懐かしむように遠くを見た。

『それからね、サァラは生まれかわる度に、贄が必要になったら必ず自分から選ばれて私の元へ来た。今回もそうだった?』

私は黙ってうなづいた。成り行き上、そうなったとはいえ、決めたのは私だった。

『たぶん、サァラの魂がそれを選んだんだ。私が寂しがってるのをわかってて………………。

でもね、生まれかわったサァラはそんなことは分からないから、いつも苦しみながら、私の元へ送られてくるんだ。

もちろん、周りの人や家族も、みんな苦しみながら、ね。』

苦しそうに話す守神様に、私も切なくなる。

『でも、私はまたサァラに会えたことが嬉しくて………………、また、一緒に過ごして………………、そしてまた、サァラを失って………………。ずっとね、それを繰り返した。』

苦しそうに顔を歪ませて守神様はなにか考えながら続けた。

『でも、もう終わりにしよう………………。

贄さえなくなれば、サァラは苦しまずにすむ。

人として、穏やかな一生を生きられる。』

そこまで黙って聞いていたけど、疑問がうまれた。

「じゃあ、私はもう守神様に会えなくなるんですか?」

寂しそうに守神様が笑う。

『次の生からは………、たぶん、そうなるね。』

「い、嫌です!私は、………………。」

後は嗚咽になって、声には出来なかった。

『サァラ………………。私は、………………もう、君を失う痛みに耐えられそうにない。』

私は守神様の気持ちを知り、嬉しいと同時に胸が張り裂けそうに痛んだ。

守神様もまた、そんなふうに私を思っていてくれたなんて………………。

そして、それがまた私の心を苦しめる。

愛しく思われて、私も守神様を愛しているのに、もう会えなくなるなんて………………。

「ずっと………、生を終えることなく、お側にいることはできないんでしょうか?」

綺麗な顔の眉間にシワを寄せて守神様はうつむきながら言った。

『一つだけ方法はある。』

「なら、お願いです………!」

『それは………。ゆるしておくれ………、サァラ。』

守神様はそれから黙りこんでしまった。

いつの間にか太陽が海に沈もうとしていた。

辺り一面茜色に染まり、水面も鮮やかな色にきらめき、見たこともない景色が広がっている。

でも、私には悲しい景色にしか見えなかった。

『さぁ、ミアに心配をかけてはいけない。』

守神様に手をとられ、気がつけば森にいた。

「………、また………、ここに来てもいいですか?」

そう尋ねると、守神様が悲しそうに笑った。

『もう、サァラがここを思い出すことはないよ。私のことも。』

さーっと、血の気がひいて、嫌な予感に鼓動が早まるのを感じた。

『本当は………、はじめにミアと来たときにそうしようと思ってたんだ。』

守神様の手が私を引き寄せ抱きしめられた。

嬉しいはずなのに、今はなぜか怖い。

『でも、出来なかった。サァラの中から私が消えてしまうなんて………………、嫌だったんだ。』

守神様に何か話そうとしたとき………、嫌な予感は当たってしまった。

『でも、反ってそれが君を苦しめてしまうなんて………………。

サァラ、君を私から解放してあげる。二度と思い出さないよう、私のことを魂から消してあげるよ。

忘れるんだ。』

「嫌です!」

そう言ったつもりだった。たぶん………

(忘れたくない!嫌!忘れない!守神様………、愛してま………す………。)

『どうか、幸せに………。サァラ、愛してる。』

最後に優しい声が耳に響いた。
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