御曹司を探してみたら

武久は飲み終わった缶コーヒーをゆっくりとベンチに置くと、私の肩を痛いほど掴んで強い口調で言った。

「誰が足を引っ張ってるって?」

「武……久……?」

「早宮がいなかったら周防建設にいた5年の間、ただ腐ってるだけだった」

武久は気恥ずかしそうに私から目を逸らすと、今度はボソリと小さい声で呟いた。

「実は入社する前から早宮のこと知ってたんだ」

入社する前から……!?一体いつ!?どこで!?

そんな話は初耳だった。

「早宮がグランプリを獲ったコンクール……俺も応募してたんだ。箸にも棒にも掛からなかったけどな」

「え!?」

同じコンクールに応募していたことにも驚いたけれど、武久が落選していたなんてびっくりだ。

入社して以来、武久は常に私より一歩先を行く、追いつきたくても追いつけない永遠のライバルみたいなものだったから……。

「初めて早宮の作品を見たときは衝撃だったよ。同じ歳でこんなすごい奴がいるのかって。だから勝手に対抗意識燃やして必死になって勉強した。笑えるだろ?笑いたきゃ笑え」

「わ、笑えないよ……!!」

顔も見たことない人物相手に躍起になるなんてみっともないと認めているのか、自分の中ではもはや完全に黒歴史と化しているようである。

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