御曹司を探してみたら
(今……なんて……?)
意味は通じるのに、訳が分からなくて頭が混乱する。
武久は呆然としている私の頬を撫で、あくまでも優しく残酷な別離を告げるのである。
「……お別れだな」
……やめてよ。
他人行儀なお別れのセリフなんて聞きたくもない。
「な……んで……」
どうしてそんなこと言うの?
私の気持ち、全然伝わってなかったの?
御曹司じゃなくたって武久のことが好きだよ。
間違いなくそう思っているのに唇が震えてすんなりと言葉が出てこない。
私は自分の気持ちを疑われて初めて、武久が持ち続けていたであろう不信感と真っ向から向き合うことになった。
愚直に御曹司への憧れを抱き続けた私のことを、どんな思いで好きだと言ってくれたのだろう。
それなのに、御曹司という肩書に惹かれたのではないと今更どの面下げて言えるだろうか。
「じゃあな、早宮」
「たけ……ひさ……」
廊下をすれ違う武久に迷いは一切見られなかった。
……武久は最初から私のことを信用していなかったんだ。
(待って……!!)
靴音が遠ざかるたびに心が悲鳴を上げる。
なんでもいいから早く、早く縋りついて引き留めなきゃ。
だって、まだ半分も伝えられていない。
ふたりで図面を前にあーでもない、こーでもないって切磋琢磨して、ずっとこんな風に一緒にいられたらいいのにって本気で思っていた。
(信じてよ!!)
しかし、いくら念じても私の願いは届くことはなく、宣言通り本当に武久は周防建設を辞めたのだった。