御曹司を探してみたら
「ただいま……」
仕事を終えマンションに戻っても、おかえりと応えてくれる声はない。
応えてくれる人がいないというのがこれほどわびしいものだとは、ふたりで暮らしてみるまで知らなかった。
周防建設を辞めた武久はマンションにも一切帰ってこなかった。
ボストンバッグに収まるだけの荷物を持って忽然と姿を消してしまったのだ。
書斎、寝室、リビング、どこを探しても武久はいない。
ここでの生活をあっさりと捨ててしまえるという事実が私を打ちのめす。
(私のこともいらないのかな……)
部屋着に着替えふたりでじゃれ合ったベッドにひとりで寝転んでいると、思考がさらに暗い方へと傾いていく。
私を好きだと言ってくれたのは嘘だったの?
抱き合って、キスをしたのも、全部なかったことにするつもり?
武久の気持ちがわからなくなると、あれほど自信があったはずなのに自分の気持ちにも疑いの目を向けてしまう。
結局、私は周防の御曹司である武久が好きだったの?
最悪の結論に達する前に、ピンポーンと玄関のインターホンが鳴り私は悪夢から目を覚ますことが出来たのだ。
(帰ってきた!?)
ベッドから跳ね起きて慌てて玄関扉を開けると、そこに立っていたのは武久ではなかった。
「武久の……お姉さん?」
「こんばんは」
武久のお姉さんは一輪の百合の花のように淑やかに微笑んでいたのだった。