御曹司を探してみたら
17.御曹司を探してみたら
「本当に辞めるんだな」
引き出しの中身をデスクの上に広げ、要るものと捨てるものをダンボールに仕分けしていると、田辺さんが最終確認のように声を掛けてきた。
ブース内に他に誰もいないことを確認するように辺りを見回し、私はシュレッダー行きとなる書類をダンボールに入れる手を止め、かつての上司に向かってお決まりの挨拶を述べる。
「はい。短い間でしたがお世話になりました」
周防建設で働いた5年間は長いようで短かったが、感傷に浸らせるには十分だった。
辞めると宣言した時わかっちや井上くんに何度も残るように説得されたが、私の決意はなんら変わることがなかった。
死んだ魚のような眼をして働くよりも、私が私らしくいられるような道を選ぶべきだと教えてくれたのは武久だ。
5年間私を育ててくれた会社への義理を果たすため、手元にある仕事の引継ぎをするのにきっかり1か月だけ時間をもらい、無事今日という日を迎えたのだった。