御曹司を探してみたら

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電車の中では互いに一言も発することなく、8人掛けのロングシートに隣同士で腰掛けた。

例えば。

なんであの時、あの場所にいたのかとか。

田辺さんの正体にいつから気づいていたのかとか。

助けてくれた時、ドラマに出てくるヒーローみたいだったよとか。

そういう会話も一切せず、ひたすら動いていく風景と人の流れを眺める。

とうとう沈黙が辛くなってきて、思い切って武久に話しかけてみたのは最寄りの駅からアパートまで歩く道すがらのことである。

「武久は最初から全部知ってたんだよね……?」

「……まあな」

長い逡巡の末に返ってきたのは、予想通りの答えだった。

私はあーあっと落胆であからさまに肩を落としてみせた。

「やっと理想の御曹司サマが見つかったと思ったのに……」

まさか田辺さんが既婚者だとは……。

しかも、婦女子に襲い掛かる紳士面したゲス男だったなんて、二重にショックだ。


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