御曹司を探してみたら

(聞こえない、聞こえない……)

あちこちから聞こえてくるヒソヒソとした話し声を前にしても、絶対に声を荒らげたりしないんだから。

あちらの思う壺にはまってなるものかと、私は仏にでもなったようにただ無心で鉛筆を上下に動かす。

「あれが早宮さんだよ」

「一緒にホテルに行ったんだって」

「うわ、普通じゃん」

……普通で悪かったわね。

平常心を保とうと逆に力が入り過ぎたのか、鉛筆の芯がポキリと折れてしまった。

なにひとつ思い通りに行かない現状にイラついてチッと舌打ちをすると、自分たちのことかと勘違いした小鳥さん達が怯んだのがわかった。

怯えさせるつもりはなかっただけに少しバツが悪かったが、静かになって思いのほか清々したので良しとする。

(慣れないことはするもんじゃないな)

“いい加減にしてっ!!”と爆発せず、大人しく黙っているなんて私らしくない。

どうしたもんかと思案に暮れながら、鉛筆で頭をガリガリと掻く。

それにしても、触らぬ神に祟りなしとはよく言ったもんだ。

例の話題に直接触れてくる度胸のある奴はいないが、常に誰かに噂されながら働く環境の鬱陶しさといったら、梅雨の長雨に負けず劣らずというところか。

(これじゃあ、仕事になんないよ……)

悩んだ挙句私は鉛筆をペン立てに投げ入れると、早めのブレイクタイムに突入することにした。

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