御曹司を探してみたら

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「あらまあ……。見事な逃げ足ですこと」

杏の逃げ足の速さについクスクスと笑みが零れてしまう。

「早宮は?」

「急に催したって、トイレに走っていったわよ」

「このタイミングで……トイレって絶対嘘だろ」

「……そうね。女子トイレは反対方向だもの」

体裁を取り繕うならもうちょっと頭を使えばいいのに、杏ってばおバカさんなんだから。

あと一歩のところで取り逃がした武久は、疲労困憊といった様子で杏と入れ替わるように椅子に腰を掛けたのだった。

「俺、避けられてんのか?」

「現実が受け入れられなくてまだ混乱しているのよ」

武久はテーブルに肘をつき、ムッと不機嫌そうに眉をひそめた。

「そんなに俺が御曹司だったってことが気に食わないのかよ」

「というよりは……。照れてるんじゃない?」

そりゃあ、武久が周防の御曹司だってわかって夢がぶち壊されてショックだったっていうのもあるだろうけど、それ以上に照れがあるのだろう。

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