ばいばい、津崎。
それから暫くドアの前に呆然と立っていたけれど、再度津崎が顔を見せることはなく、私は諦めてのぼってきた坂道を下りはじめた。
津崎に会えた興奮はまだ残っているけど、クロマツの木から聞こえてくるセミの大合唱がうるさいと思えるぐらいの冷静さは戻っている。
「なんかお腹すいちゃったねー」
私の都合で付き合わせてしまったのに美喜は怒ることはなく、津崎を訪ねた理由も深く聞いてこなかった。
下り坂が本当に楽で、あっという間に私たちは平坦な道へとたどり着いた。
「今日はありがとう」
美喜の家はうちとは反対方向で、いつも一緒に帰る時にはこの道で分かれていた。
「ううん。私が案内するって言ったんだし別にいいよ。それより連絡先交換しない?」
美喜がピンク色の携帯を取り出した。
「え、ああ、うん」と、私もスカートのポケットから携帯を出したけど、そのコンパクトサイズのフォルムに手がまだ慣れない。
正直、美喜の連絡先なんてすでに知っている感覚になっていたけれど、電話帳を確認すると虚しくなるぐらい登録されているメモリーが少ない。
……私って、どんだけ友達がいなかったんだろう。
まあ、社会人になってからも友達と呼べるのは美喜を含めた3人しかいないけど。
そう考えると私が10年で成長したのは外見と内面の衰えだけで、中身はちっとも変わっていないことに改めてため息が出そうになる。