朝はココアを、夜にはミルクティーを
キッチンでいつものように手早くミルクティーを作って、待ちかねている亘理さんの元へ届ける。
二つのマグカップをテーブルに置いて、準備は整った。臨戦態勢だ。
「…………じゃあ、いただきます」
と、彼が先にゆっくりフォークをケーキに入れた。
私も続いて自分のフォークを適当なところへザクッと刺して、大きめにスポンジとクリームをすくい上げる。
「これは……夢みたいな食べ方ですね」
「はい、俺も憧れてました」
私たちは、会話もそこそこにひたすらケーキに穴を開けるみたいに好き勝手に食べた。
家族向けの大きなホールケーキを二人だけで食べ切るのはさすがに不可能なので、半分ほどは残してしまったけれど。
それでもいつも食べるよりは、かなり多めにお腹の中にケーキがおさまった。
遅い時間帯の甘いケーキは、罪悪感もたっぷりだ。
どちらもご馳走様とは言わないまでも、満腹でフォークが止まった。
テーブルに頬杖をつき、まったりと時計の針が時間を刻む音を聞いていると、視界に亘理さんの顔が映り込んで驚いた。
のぞき込むように顔を近づけられて、緩んでいた姿勢をピンと正す。
「白石さん」
名前を呼ばれ、はい、と返事をしたけれど緊張で少し掠れた。
彼にしては珍しく、何かを言い出そうとして躊躇うのが分かった。
目を伏せてひと呼吸おいたあと、再び私をじっと見つめる。
「引越し先の、入居日が決まりました」
喉が、カッと渇く。
ゴクリと飲み込んで、私は自分の唇を結んだ。
「三日後に出ていきます」
亘理さんは座ったまま、深く深く、私に頭を下げる。そんなに改まらなくてもいいよ、と声をかけたくなるくらい、深く。
同時に胸がズキンと痛んだ。
「長い間、お世話になりました。本当にありがとうございました。白石さんが作ってくれるココアとミルクティーが、俺の癒しでした。こんなことを言うと不謹慎かもしれませんが、とても楽しかったです」
顔を上げた彼が、いつもみたいににこりと微笑む。
「もし良かったら、時々食事でも行きましょう。お世話になったお礼に、ご馳走させてください」
─────お礼なんかいらないし、何もいらないから、もっともっと彼と一緒にいたかった。
でも、それは言えなかった。
私は無言で、なるべくできる限り笑顔で、うなずいてみせるしかできなかった。
いま何かを話したら、寂しくて泣いてしまいそうで。
だから、何度もうなずいた。