朝はココアを、夜にはミルクティーを
夕方の混雑のピークがようやく終わり、大熊さんにフォローしてもらったお礼を言っていったんレジ業務を抜ける。
私にはまだやらなければならない仕事が残っているのだ。
店舗の裏へ引いた私は、更衣室のロッカーから分厚い冊子と、昨日の夜に作成した書類を手に取る。
内容を何度も読み直して確認してから更衣室を出ると、ちょうど亘理さんが店内へ出ようとしているのを見つけた。
その後ろ姿に声をかけようかためらう。
いま顔を合わせたら、私はたぶんうまく話せない。
でも、仕事は仕事……。
両手に持った冊子と書類に視線を落として意を決した。
「亘理さん!」
声をかけると、彼は少し驚いたような顔でこちらを向いた。
「バレンタインの発注書を作ったんですけど、……今よろしいですか?」
ちゃんと話せてはいるけど、だめだ、顔はまったく見れない。
彼の声だけが上から降ってくる。
「はい、大丈夫です」
告白した当の本人は、至って普通の温度の声。
「過去のデータから売上傾向を調べてみました。千円台のものが一番売れていたので多めに発注をかけるようにしましたが、けっこう前から友チョコというのが流行っているので、この、生チョコやガトーショコラの手作りキットもたくさん置きたいなと。ポップで分かりやすくお友達に贈ろうとか打ち出したりして。合わせてラッピング商品も置いてみてはどうでしょうか」
一切顔は上げずに手元の書類だけを見つめて説明すると、しばし間を置いて亘理さんの声が聞こえた。
「……手作りキットですか。去年までは置いてなかったんですよね。目論見としてはいいと思います」
「実際に作った試食を置いておくのもいいかなあと考えてました。バレンタインコーナーだけでなく、乳製品売り場のあたりにもさりげなくキットを置いておけば目に入りますし」
「いいと思います」
「それから、おせち料理みたいにお菓子のレシピをいくつか用意して自由に持ち帰られるようにしておきたいのですが、本社にお願いしていただけますか?」
「はい、頼んでおきます」
順調に話は成立し、私は持っていた書類を彼に渡す。
受け取っえもらえたのが見えてホッとしていたら、申し訳なさそうな彼の
「目を合わせるのは嫌ですか?」
という問いかけが聞こえて、胸が苦しくなった。
「そ、そんなことはないですが」
頑張って顔を上げたものの、彼の目を見るだけでドキドキしてしまった。
「どんな顔をしていいか分からないんです」
「今日の夜は空いてますか?」
遠回しな前置きは、いつもない。
亘理さんはつねにあっさりと私を誘う。
それが、考える隙間も与えてくれないのだ。
「はい……空いてます」
「じゃあ、あとで」
「……はい」
うなずくと、彼は名残惜しそうな顔ひとつせずに店内へと出て行った。