朝はココアを、夜にはミルクティーを
「まさかここで会うなんてね。この店舗にプライベートで来たのは初めてよ。買い物しに来たの」
と、郁さんが目尻を下げて微笑む。
そうだねと返した亘理さんは、ふっと笑みを返した。
「今の職場がこの近くなんだ」
「異動になったの?」
「うん。本社勤務じゃなくなったんだよ」
敬語を使わない彼を、初めて見た。
普段はこういう話し方をするんだ、と胸がチクリと痛む。
「郁。白石さんは職場の方で、とてもよく働いてくれる人なんだ。今日は休みが一緒で、それで」
亘理さんはそう言って私を見て同意を求める。ハッと我に返って、急いで相槌をうった。
ただの同僚が一緒に映画を観たりするのかどうかという問題はさておき、郁さんは微笑んだ表情を変えないまま私たちを見ているだけ。
何を考えているのかよく分からない人だな、というのが郁さんの印象だった。
そして綺麗だけど、近寄りがたい。
だって、同棲していた亘理さんという存在がありながら違う人と浮気をして、その相手を部屋に連れ込んだような人だ。
すぐ感情的になって言いたいことを言うタイプなのかと思っていたけれど、そうではなさそうだ。
笑顔の奥に何を隠しているのか、読めない。
「こんな時なんだけど、靖人にちょっと大事な話があって。……連絡しようか迷っていたんだけど、なんか気が引けちゃって。今その話をするのは……無理?」
おそるおそる、郁さんが亘理さんの顔色をうかがうように尋ねる。
一瞬、彼女の目が私にも向けられたのは分かったけれど、目が合うとすぐにそらされてしまった。
……あぁ、そうか。私がいるとできない話をしたいんだ。
知ってか知らずか亘理さんが渋るように、首をかしげる。
「今じゃないと、だめ?」
「急を要するの」
「─────私は構いませんから、どうぞ二人で話してください」
微妙な空気に耐えられなくなったのは、私。
会話に割って入るように遮ると、亘理さんの後ろに回って彼の背中を押した。
「ちょっと服でも見たいなぁなんて思ってたところですし、一人で買い物して帰りますから。ゆっくり二人でお話してください」
「白石さん、でも……」
「ね、亘理さん」
困っている様子の彼の顔は見ないようにした。
自分でも何をしてるんだろうって不思議に思うけれど、頭の中がいっぱいいっぱいでこの場から離れることを最優先してしまった。
「気を遣わせてしまってすみません」
申し訳なさそうに手を振った彼は、郁さんを促してさっき私と行こうと言っていたカフェに向かう。
郁さんはというと、私の方を振り向いて「ごめんなさい」と言いたげな顔で深々とお辞儀をして彼について行った。