朝はココアを、夜にはミルクティーを
「郁さんとの話、聞いちゃったんです……ごめんなさ」
「戻りませんよ」
謝罪しているというのに、遮るように亘理さんがはっきりと答えた。
その答えにビックリして、思わず身体を起こす。
あまりにもあっけなく結果を出されて、拍子抜けした。
「いい役職ももらえて、お給料も上がるのに?」
「そんなもので俺が戻ると思われてたことが心外です」
「……ごめんなさい」
私は観念して、寝室の引き戸をそっと開けた。
亘理さんはお風呂上がりで髪が濡れたままソファーに腰かけて、こちらを向いている。引き戸が開いたことに気づくと、にこりと微笑んで私を手招きした。
おずおずと彼の隣に座ると、彼は苦笑いして頭をかいた。
「俺って、そんなに薄情に見えますか」
「そういうわけじゃないんです。でも、コマチよりもブラマの方が」
「二度とブラマに戻るつもりはないです」
「…………どうして?」
「コマチが好きだからです」
私も、コマチが好き。
亘理さんと一緒に働けるコマチが、好き。
言えないから、きゅっと自分の両手を膝の上で握る。
すると、先ほど不思議に思っていたことの答えを彼が先に言ってくれた。
「帰りが遅くなったのは、本部長に会いに行ってたんです。きちんとお断りするために」
「………………そうだったんですね」
よく話を聞きもしないで、決めつけた私も私だ。
「すみません、ちゃんと信じることができなくて」
「いえ、誤解をさせてしまったのは俺なので」
しばしの沈黙のあと、私がぼそりと
「大熊さんも一緒に聞いてしまいました」
とつぶやくと、亘理さんは深いため息をついた。
「明日、できるだけ早めに誤解を解いておいてもらえませんか?話が大きくなる前に」
「……はい」
うなずいて、隣の亘理さんを見上げる。
彼も私を見ていて、目が合うと穏やかに笑った。
そんな風に笑いかけられると、やばいな。
思いがけず気持ちが顔に出そうで、照れ隠しに情けない笑顔を向けた。
「亘理さんは、ずっとコマチにいてくれますか?」
「はい、います。ずっと」
「ずっと?」
「はい、ずっと」
ほぼ即答で返されて、くだらない悩みなんて吹っ飛んだ。
亘理さんがずっとコマチにいてくれるのなら、私もずっといられたらいいな。
私のそばにいてほしいとは言わないから、せめてずっと一緒に働けたら。
ちっぽけな願いだけど、そう思った。