朝はココアを、夜にはミルクティーを
10 いつかはこの日が
私の目の前にある、なんとも間抜けな顔のアイツの頬を両手で包む。
少しごわついた質感のアイツは、とろんとした瞳でこちらを見つめている。眉なんかは垂れ下がり、焦点の合っていない目なんかは、「大丈夫かな?」と心配になる。
「………………これを、着ろと?」
「はい、そうです」
できる限りドスの効いた声で尋ねたつもりだったけど、後ろにいる亘理さんはさも当然かのようになんのためらいもなく返事をした。
彼は彼で忙しいらしく、珍しくスーツを着てどこかに出かける準備をしている。
スーツを着るのはやめてってあれほど言ったのに。裏切り者。
亘理さんは鞄に書類などを詰め込んだあと、身体を起こして不思議そうに眉を寄せた。
「なにか、ご不満でも?」
なにがご不満でも?だ!
「酷いじゃないですか!どうして私がこんなマヌケ顔のトナカイの着ぐるみを着なくちゃならないんですか!?」
クリスマス用に支給された、真新しいトナカイの着ぐるみ。
サンタクロースの衣装の方は、青果担当の社員さんが恰幅がいいからという理由で渡されて、ぽよんと突き出たお腹をパンパン叩いて笑っていた。「俺に任せろ!」と。
彼の隣にいつもいるトナカイ役はどうする?という話になった時に、真っ先に名前が上がったのが私だったというのだから悲しすぎる。
「私じゃなくたっていいじゃないですか……」
「学生バイトさんは時間に限りがありますし、白石さんならフルタイムで勤務していらっしゃいます。他に若い方もいないですから、必然的にそうなりますよ」
「亘理さんが着ても良かったですよね!?まだ若いですよね!?」
「俺はもう三十過ぎてますから」
二十七も三十一、二も同じでしょうが!という悲痛な訴えは無視されて、ちょっと急いだ様子でネクタイを締め直すと「曲がってませんか?」と聞いてきた。
そうまっすぐ見つめられると、スーツのおかげで何割か増してかっこよく見える彼を直視できず、曖昧に笑うくらいしかできない。
「本番は明日から三日間ですから、今のうちに試着して着心地を確認しておいて下さい。俺はこれから本社へ店長会議に行ってきます。戻りは十六時予定です」
「はい……分かりました……」
あさっての方向を向きながらうなずいたら、「では行ってきます」と亘理さんがあっさりと事務所を出ていった。
一人残された私は、舌をペロンと出してやたらと眠そうなトナカイの顔をぴしっとデコピンした。
「この着ぐるみ……重そう……」