梟に捧げる愛
「どうだ?」
「おやめください。お忘れですか? この者はチヴェッタ。聞いた話によると、あのヴェンデル侯爵の令息が気にかけている娘です」
もうひとりの護衛が、伯爵に耳打ちする。伯爵はやっぱり、その護衛も睨みつけた。
「ただの梟だ。何を気にすることがある。──チヴェッタ、だったな。どうだ? 一生苦労せず、贅沢な暮らしができるぞ」
「お断りします」
チヴェッタはそれだけ言うと、伯爵の横を通り過ぎようとした。
そんなチヴェッタの手を、伯爵が力任せに掴んできた。伯爵は手袋をしていた。
どうしてだか、アイザックを思い出した。
あの人は何度も、私に手を差し伸べた。手袋は……つけていなかったわ。嫌じゃなかったのかしら?
私の……手に触れて。
「断るだと? 正気か?」
「離してください」
チヴェッタは伯爵の手を振りほどき、睨む。嫌な男だ。貴族の男性というのは皆、紳士だと思っていた。幸運なのか、チヴェッタが知り合ってきた貴族は、そんな人ばかりだったから。
そりゃあ、親のいない流れの魔法使い、と馬鹿にするような貴族もいたけれど。
チヴェッタはちょっと腹が立ったので、やり返したくなった。
「ひとつ、貴方を占ってさしあげます」
「ほぉ……それは興味がある。視てみろ」
チヴェッタは心を落ち着かせ、伯爵の目を覗き込む。普段なら媒介である水晶玉を使うけれど、無くても占いはできる。
伯爵の瞳は、青かった。アイザックの瞳と同じ青色に分けられる色のはずなのに、どうしてだか、あまり綺麗だとは思えなかった。
──って、違う! 今はアイザック・ヴェンデルのことなんてどうでもいいのよ。
チヴェッタは心をしっかりと落ち着けると、伯爵の瞳を改めて覗き込んだ。
「…………」
「どうだ? どんな素晴らしい未来が待っている?」
「……女性が見えるわ。その女性に、貴方は膝をついて謝罪している」
「膝をつき謝罪、だと!? ふざけたことを──」
「わかったわ。その人は夫人──貴方の妻ね。資産家の令嬢で、貴方は自分の妻に伯爵家を助けるよう懇願することになる。女遊びが原因で」
チヴェッタはゆっくりと目を閉じる。自信があった。
この占いは、絶対に現実となる。時々、占いをした後にこういう自信のようなものを感じることがあった。
この自信を感じたときの占いは、絶対に外れない。外れたことはない。
だから、目の前にいる伯爵は近い将来、女性が原因で家の金を使い尽くす。
そして資産家の父を持つ自分の妻に膝をつき謝罪し、懇願するのだ。