梟に捧げる愛
「まだいたの……」
振り返ればそこに、腕組みして自分を見下ろすアイザックがいた。
てっきり帰ったと思っていたのに。……帰ればいいのに。
ここ数日、チヴェッタは露骨にアイザックを避けていた。顔を見れば姿を隠し、噂を聞けば耳を塞いだ。
それなのに何故、この男はタイミングよくいつも現れるのだろうか。
「つかまれ」
池から上がろうとしたチヴェッタに、アイザックが手を差し伸べる。ご丁寧に、手袋を外していた。
つかむべきか悩んだが、早々と池から上がりたかったし、何よりもチヴェッタは疲れていたのだ。差し出された手を拒む理由もない。
アイザックの目は純粋だったし、心配するような気持ちで、チヴェッタに手を差し伸べているのだろう。──無表情だけれど。
この男、見目はいいのに表情が変わらないことで有名なのだ。幸いなことに、チヴェッタにはなんとか表情が読み取れる。
どうしてなのか、分からないけれど──もしかしたら、魔法使いで、占いが得意だからだろうか?
「ありがとうございま──!」
見た目に反して、アイザックは力がある。鍛えているから当然とも言えるのだが、何せ細身。
だが舐めてかかると、交えた剣を弾き飛ばされてしまうそうだ。
そんなわけで、チヴェッタを抱え上げることもできる。
「お、おろして! どうして抱き上げる必要があるの?!」
「屋敷まで連れて行く」
引き上げてもらった流れで、アイザックは軽々とチヴェッタを抱き上げてしまった。
「暴れると落ちるぞ。また池に」
「────!!」
それは嫌だと、チヴェッタは慌ててアイザックの頭にしがみつく。
「……って、そうじゃない! 服! 服が濡れてる!」
上半身こそ無事だが、下半身は完全に池に浸かっていたのだ。チヴェッタを抱き上げれば、当然のようにアイザックも濡れる。
それを必死に訴えているのに、アイザックは何食わぬ顔で歩き出してしまう。薬草も忘れず手に持って。
「最悪の気分だわ」
チヴェッタは露骨に嫌そうな顔で、今もアイザックに抱えられていた。王宮の離れにあるチヴェッタと師匠が住まう屋敷まで送ってくれるそうなのだが、ありがた迷惑としか言いようがない。
何せ、ものすごい視線を集めているのだ。顔を隠したい。耳栓もしたい。
そしたら顔も見られず、自分達を見て囁き合う使用人や侍女、それから騎士達の声を聞かずに済むのに。
「それで、誰に落とされたんだ?」
「……足を滑らせたのよ」
「一週間くらい前は、木から降りれなくなっていたな」
「あれはハシゴを──……」
言い訳を口にしようとしたが、チヴェッタはやめた。
今はとにかく、無心になるのだ。何も考えない、何も聞こえない。私は人形。