梟に捧げる愛
7
舞踏会が開かれる朝、チヴェッタは水晶玉を見つめていた。触れて、目を閉じ、また開く。
そしたら、チヴェッタにだけ視える世界が、視えた。
「やっぱりダメだわ」
水晶玉から手を離し、ため息を漏らす。
あれから何度も、試してみた。アイザックを占ってみたのだ。
それなのに、どうしてだかはっきりと視えない。もやがかかっていて、細部まで視えないのだ。視えるのは、床に倒れたアイザックが血を流しているところだけ。
「これじゃあ、注意を促すこともできないじゃない」
床に倒れているということは、少なくとも屋内で怪我をするということだ。
ただ、怪我をするのがいつなのかまでは、わからない。チヴェッタの占いの的中率がいくら高いといっても、何百年先まで視えるわけではない。
だから、アイザックが怪我をするのは、数日のうち──だと思う。
「チヴェッタ。朝ご飯にしましょう。あら……占いをしてるの? もしかして、自分のこと?」
ノックの後、エキドナが部屋に顔を出した。椅子に座り、水晶玉を膝に乗せているチヴェッタを見て、微笑んだ。
「違います。……あの人が怪我をする、みたいなんです」
「まぁ……それは大変だわ。すぐに知らせてあげなきゃ。今日なの、それは?」
チヴェッタは首を振る。水晶玉を撫でて、お前は悪くないのよ、と心の中でつぶやいた。
きっと、とても不安定な未来なのかもしれない。些細なことで変わってしまう未来。未来とは、そんなものだ。過去が変えられない代わりに、未来は変わりやすく、そして運命は、神の領域にある。
「わからないのね。珍しい──ううん。ある意味、当然とも言えるわね」
「どういう意味ですか?」
「貴女の世界が、広がった証拠なの」
「……悪いことみたいです」
「良いことよ」
エキドナはそう言ったけど、チヴェッタは違うと思った。
ダメよ。世界を広げちゃダメ。
鳥は飛び立ち、どこへでも行けるけど、自分は梟なのだ。夜──静かな世界を飛ぶ鳥。
「朝ご飯を食べましょう。今夜は大仕事があるんだから」
エキドナは笑って、立ち去る。
チヴェッタは水晶玉を机の上に移動させ、胸がムカムカして、舌打ちしてしまった。悪い癖。直さないと。
ただ今は、少しだけ心配していた。
アイザック・ヴェンデル──手袋を外して、私に手を差し伸べる変わった貴族。
彼は傷を負うのだろうか? 自分ならそれを防げるかもしれないのに、今は無理みたい。
それがとても、自分を落ち込ませるのだ。