梟に捧げる愛
エキドナは寂しそうに不満を漏らすと、杖を一振り。
すると、天井から薔薇の花が降り出した。
それを合図に、音楽が鳴り始める。ダンスが始まったのだ。
「どうかしら……ここにいないだけで、本当はいるのかもしれないわ」
「ですが、貴族ではないのですね」
エルネスタが抑揚のない声で告げた。振り返って彼女を見れば、落ち着いた声とは裏腹に、瞳は揺れているようだった。
やはりチャールズの相手は、王族、もしくは貴族がいいのだろう。
「もしかしたら、他の国の人なのかも。それか、まだ参加する年齢ではない、とか」
チヴェッタがそう言うと、エルネスタはほんの少し、安心したようだった。
エキドナがもう一度、杖を振る。
そしたら、薔薇が一瞬で弾けて、素晴らしい香りが会場を満たした。次いで杖を振れば、今度は光の粒が天から降り注ぐ。美しい光景だ。
この世のものとは思えない美しさ。
きっと、今夜の舞踏会で恋に落ちる男女がいる。
チヴェッタは、そう思った。
「私達には、一生縁のない世界ですね」
「そう、ね。そうなのかもしれないわ」
チヴェッタは、美しく着飾った令嬢達を見つめながら、チラリとアイザックを見た。仕事中で無かったら──いや、仕事中であったとしても、令嬢達は期待している。
アイザックが自分に、ダンスを申し込む瞬間を。
そんなことが自分の身に起きたら、彼女達は失神してしまうのではないだろうか。コルセットでキツく締め上げているだろうから。
「あの方は、アガーテ・ダフネル様──伯爵家のご令嬢です」
アイザックに歩み寄る女性がいた。堂々とした女性だ。亜麻色の髪は結い上げられ、真っ直ぐにアイザックを見つめている。
エルネスタが、彼女の名前を教えてくれた。やはり、貴族だったのだ。
「綺麗な人だわ。綺麗なふたり」
チヴェッタは微笑んだ。
まるで、完成された芸術品を愛でるかのような微笑みだった。
笑って、笑うのよ。
彼女の手を取るの。手袋を外して、優しく触れて、そして微笑えむの。
チヴェッタはふたりが、外へ出て行くのを見て、よかったと思った。
それなのにどうしてだか、胸が痛い。掴まれて、握り潰されているような痛み。
「…………」
胸は痛かった。
けれど、舌打ちはしなかった。
これが運命というものだ。人の手では変えられない、神が定めた、歩むべき道。
梟が気安く、書き換えられるものではない。自分は神じゃないんだ。
チヴェッタは前を見た。胸はもう、痛くない。
そして気づいた。誰かが──エキドナでも、エルネスタでもない誰かが、そこにいた。