梟に捧げる愛
その女性は、水色のドレスを着ていた。金色の髪が、揺れている。
チヴェッタはその女性を、知っていた。アメリア・ロイス──恋する──恋が敗れた、男爵令嬢。
「知り合いなの?」
「少しだけ」
チヴェッタは椅子から立ち上がった。アメリアは、自分に用があるのだ。
ふたりは離れた場所へ移動する。
チヴェッタは階段を背に、アメリアと向き合った。
「どうかしました? ここに来ても──」
「嘘だと言って」
アメリアは、泣きそうな顔をしていた。心は既に、泣いていたのかもしれない。
「あの占いの結果は、嘘だって言って。そしたら貴女を許すわ」
「望む通りの答えを出しても、結果は変わりません。その場しのぎの取り繕った答えを聞いて、その時は安心できる。けど最後にはやっぱり、恋が叶わなくて、私を恨む」
こういうことは、はじめてじゃない。恋とは人を、盲目にさせる。自分の恋は叶うものだと信じて、それは崇高な愛に昇華されていくと疑わない。
けれどチヴェッタが、思い描いていたものではない未来を告げたら、途端に責めるのだ。嘘だ、間違い、お前の力が足りないせいだ、と。
「私は、はじめて本物の恋を知ったの。彼が好き。愛してる。階級(クラス)が違っても、構わない。だからお願い。あれは嘘だと言って。そして、素晴らしい未来が待っていると言って!」
「そんな言葉を聞きたいがために、ここへ来たの? ……無意味だわ。私は結果を伝えるだけ。嘘は言わない。それに、未来は確定されているものでは──」
「ひどい人! 私が貴族だから、妬んでるんでしょ? だって貴女は永遠に、貴族とは結ばれないんだもの!!」
アメリアが、チヴェッタの体を突き飛ばした。
言い訳するようだが、魔法使いというのは大抵、非力だ。体を鍛えている魔法使いは、滅多にいないだろう。
チヴェッタも例外ではない。
だからアメリアが感情に任せて突き飛ばした衝撃は、いとも容易くチヴェッタのバランスを崩させた。
──落ちる!
そう思った瞬間、視界に紺色の髪が映り込んだ。彼は受け止め、けれども踏みとどまることはできなかった。ふたりは倒れこみ、何かが割れる音がした。花瓶だ。活けられていた花が散って、ふたりは水に濡れた。
あの日を思い出す。池に落とされ、水に濡れていたチヴェッタに、アイザックは手を差し伸べ、抱きかかえてくれた。
「チヴェッタ!」
音に気づいたエキドナが、階下に倒れこむチヴェッタを見て、慌てて駆け寄る。
チヴェッタは、生温かい液体に触れた手を見た。アイザックの血だ。
「そういうことだったの……」
チヴェッタは納得した。アイザックの未来がはっきり視えなかったのは、自分が関わっていたからだ。
自分のことを占うときは外れてしまう。視えたとしても、はっきりとはわからない。
だからアイザックの未来が、ちゃんと視えなかったのだ。
──世界を広げちゃダメ。だって、世界を広げたら、私は関わってしまう。視えるはずの世界が、視えなくなってしまう。
チヴェッタは泣きたくなった。アイザックが血を流したのは、自分のせい。
「……チヴェッタ? 怪我は、ないな……?」
アイザックが、チヴェッタのほおに触れた。手袋をしている。
どうして外していないの?
それはつまり、アガーテといたときも外していなかったということ?
チヴェッタは笑って、アイザックの手に触れた。涙は意地でも、流さなかった。