梟に捧げる愛
「チャールズ様が言っていたわ。叶わない恋もある。それならば知らないほうがいい。お互いのために、って」
あのとき違うと思ったのに、口に出せなかったのは、わかっていたからだ。違うと言っても結局、それは詭弁でしかないのだと、わかっていた。
「貴方は恋をしてる。その相手は……貴族ではない?」
「あぁ」
「じゃあ、一生口にしないで。貴方の胸の中にだけ、秘めていて。それがお互いのためよ。苦しまずにすむ」
「……この恋が、悪いことみたいに言うんだな」
「良いことだと思ってたの? なら、考え直したほうがいいわ」
チヴェッタは立ち上がり、テーブルに置かれたグラスに、水差しで水を注ぐ。グラスに手を触れて魔力を送れば、水は一瞬で冷たさを増した。
このくらいはできるのだ。
「飲んで。落ち着くわ」
差し出されたグラスを、アイザックは受け取り、言われた通り水を飲んだ。冷たい水が、喉を流れていく。
「好きだと伝えてはダメなのか?」
「ダメよ。いつか貴方は、絶対に後悔するから」
「占いで、そう視えたのか?」
「視なくてもわかる。わかりきった未来だもの」
チヴェッタは運命を信じてる。
それはロマンスとかいう甘いものじゃなくて、もっと重い──力、みたいなものとして。
「いつか、新しい恋を知るわ。古い恋は、しばらくは輝いているのかもしれないけど、いつの日にか色褪せて、貴方も忘れてしまう。だから貴方は──」
「チヴェッタ──俺が好きか?」
アイザックは、言ってはいけないことを言った。好きか、ですって?
そんなこと、間違っても貴族が魔法使いに聞いてはいけない。
アイザックは手袋を外していた。上着も脱いでいる。シャツのボタンがいくつか外され、鎖骨が見えていた。
チヴェッタは泣きたくなった。
「俺は君が好きだよ。これが恋、なんだと思う。とても心が、ふわふわしている」
「……今だけよ」
貴方は何もわかってない。簡単に好きだと言ってしまって……。
チヴェッタは今すぐ、部屋を出て行きたい気分になった。
いや、窓を開けるだけでもいい。春の夜の風は、まだ冷たいはず。
そう思って立ち上がろうとしたら、アイザックに手を掴まれ、そのまま胸に抱きしめられた。
「────!」
声が出なかった。師匠の気持ちが、今になってわかる。言いたいことがあるのに、うまく言葉が出てこない。
いつもこんな気持ちで、男性と向かい合っていたのか。
「ただ一言、好きだと言ってくれれば、この恋は叶う。俺は君の、恋人になれる」
「い、嫌よ……っ」
苦しいのは嫌! だって、貴方との仲を疑われただけでも、私の毎日は狂い出す。
貴方は恋が、綺麗なものだと思ってる。美しくて、繊細で、芸術品か何かだと思ってる。
そうじゃない。そうじゃないのよ。
恋は苦しいのよ。砕けてしまったら、あの子のように人を恨んでしまうかもしれないし、現実を知って、幼い王子のように諦めてしまうかもしれない。
だからチヴェッタは、アイザックから離れようと必死にもがいた。