梟に捧げる愛
「得意の占いで分からなかったのか? 今日、足を滑らせて池に落ちると」
「……自分のことを占うと、どうしてだか極端に的中率が下がるのよ」
魔法使いであるチヴェッタが得意としているのは、占いだ。王女や貴族の令嬢、それから侍女達の恋占いもするし、明日の天気だって占う。
そんなチヴェッタの占いの的中率は、非常に高い。外れることが珍しい程に。
それなのに、どうしてなのか自分のことを占おうとするとちっとも当たらない。外れてばかりなのだ。
時たま、当たることもあるのだが、どうにも視えにくい。
だからもう、自分のことを占うのはやめた。
「それは不思議だな」
「きっと、他人の未来を覗き見してるからね。自分の未来を知る権利はないのよ」
自分の未来まで分かってしまったら、きっとチヴェッタは自惚れてしまう。自分はすべてを見通すことができる──まるで、神様にでもなったみたいな、そんな自惚れ。
だから、釣り合いが取れているような気がした。
「ねぇ……もう屋敷が近いわ。下ろして」
そろそろ限界だ。周りの視線に耐えられない。
そもそも、チヴェッタが池に落とされた原因はアイザックにあるのだ。口が裂けても言えないけど。
だって、この人は鈍い。自分で気づけなきゃ、意味ないのよ。
それにこの人、ちっとも表情が変わらない。もっと笑いなさい。いい男なんだから。
「人の話、聞いてる?」
「聞こえているが、あえて無視してる」
「…………」
チヴェッタはやれやれと肩を落とす。
こういう扱いは、慣れない。チヴェッタは親のいない、魔法使いとは言え、労働者に分類される──それでも、農夫や女中とは違うのだが。
貴族の令嬢のようにか弱くないのだから、優しくしなくてもいいのだ。アイザックは騎士で、侯爵家の次男で、恵まれている。
もっと優しくすべき人がいるはずなのに!
その人はきっと、池に落ちたりなんてしないわ。
きっと、とても、貴方に相応しい人よ。
「着いたぞ」
「ど、どうも……」
結局、アイザックは宣言通り、屋敷まで送ってくれた。
一体どれだけの人間に見られたのか、考えるだけで恐ろしい。
震えそうになる自分を励ましていたら、ようやく下ろしてもらえた。重いと言われるかと思っていたが──ほら、ドレスが水を吸っていたし──、それなのに、アイザックは一度も重いと言わなかった。
こういうところが、紳士なのだろう。
「ではな。風邪を引かないよう、気をつけろ」
「あ、待って。師匠がいるから、服を乾かしてもらいましょう。そのままじゃその……あれだから」
自分のせいで濡れたわけだし──頼んだわけじゃないにしても、そのくらいはしないと。
ただ生憎と、チヴェッタは占いが一番得意で、他の魔法は苦手。火を灯したり、風を起こしたりはできるけど、一瞬で服を乾かすことはできない。
「気にしない。この天気だ。すぐに乾く」
アイザックはそう言って、チヴェッタが引き止める前に行ってしまった。
変な人だ。
どうして自分に構うのだろう? 物珍しいから?
貴方が私に構うから、私は会ったことも話したこともない令嬢や侍女に喧嘩を売られるのよ。すべては貴方のせいなの。私が池に落とされたのも、一週間前、ハシゴを隠されて木から降りれなくなったのも、貴方のせい。
「最悪の気分だわ」
その言葉を吐き出すのは、今日二度目。遠ざかるアイザックを視界から追い出して、チヴェッタは屋敷の扉を開けた。
まずはドレスを着替えないと。濡れたままだと、本当に風邪を引いてしまうから。