茜色の記憶
凪の家からうちまで送ってもらうときは、凪がわたしの自転車を押して二人で歩くのもいつからかわたしたちの間の決まりごとのようになっていた。

来たときは自転車を飛ばした道を、おしゃべりしながらのんびりのんびり歩く。

緩やかな坂を降りていくと、途中で海が一望できる小さな丘がある。
そこからは水平線に落ちていくような夕日が見えて、わたしも凪も大好きな場所だった。

「暑いー!」

七月の西日は眩しくて熱い。それでも濃いオレンジ色の太陽が海に解けるようにして沈んでいく様子は、何度見ても胸がぎゅっと掴まれたような気持ちになるほど美しい。

凪の隣で海から吹いてくる風を受けて、波の音を聞きながら夕日を見ていると、心の底から幸せだなあと言う思いが込み上げてくる。

わたしはこっそり凪の横顔を見上げた。
小学校まではわたしのほうが大きかったのに、中学からメキメキと背が伸びた凪はもう頭ひとつわたしより大きい。

わたしはいつでもこんなに凪のことばかり考えているのに、夕日を見つめる凪の心は今ここにはない。ここで夕日を見つめる時、凪はいつも切ない顔をする。
なにかに耐えるような、なにかをこらえるような顔。

たぶん、凪の頭にうかんでいるのは、離れて暮らしているお母さんのことだ。

六歳のときに凪をおじいちゃんのところに預けて以来、小学校の入学式のために一度きただけのお母さん。預けられてから何度かは手紙が送られて来ていたようだったけれど、ここ何年も連絡がない。

子供の頃は、郵便局で働いているうちのお父さんに会うたびに「お母さんから手紙きた?」と真剣に尋ねて、お父さんを困らせたこともしばしばだった。

おじいちゃんは自分の娘である凪のお母さんのことを、「母親失格」だと言い切って怒っているらしい。だから、凪はおじいちゃんの前でお母さんの話を全然しない。

それでも、凪にとってお母さんは特別な人だということには変わりがなくて、いつか必ず迎えに来ると信じているのだった。
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