茜色の記憶
家に帰ると、お母さんもパートから戻っていて夕飯の支度をしていた。

「また凪くんち?」

「うん。お昼に素麺ご馳走になったよ」

「いつも申し訳ないわねえ」

せわしなく動き回っているお母さんを残して自分の部屋に向かうと、少しイラっとした声が追いかけてきた。

「くるみも手伝って!」

「わかってる! 着替えるから」

大きな声で返して、自分の部屋に駆け上がる。

凪の家ではあんなに体が自然に動いてお手伝いできたのに、自分の家だと億劫でしょうがない。我ながら勝手だなあって思うけど……。

正直なところ、わたしにとって今の家はあまり安らぐ場所じゃない。

五年前にお兄ちゃんが出て行ってから、お父さんとお母さんの関係はギクシャクしている。

高校を卒業したら東京に行きたいと言うのがお兄ちゃんの口癖だった。

なにをしたいのかと尋ねられて、「まだわからない。それを見つけに行くんだ」と言うお兄ちゃんにお父さんは呆れていた。

「俺には可能性がある。

東京でなら僕の可能性を生かせる仕事を見つけて、絶対成功するんだ」

そんなことを本気で言うお兄ちゃんに、お父さんは「具体的にやりたいこともないくせに」と東京行きを大反対した。

正直に言うと、お兄ちゃんの言うことはあまりに子供じみていて、それは当時小学生だったわたしからしても安易な考えだなと思った。
でも、お父さんが頭ごなしに反対したことで、お兄ちゃんは余計に頑なになった。

「どうせわかってくれないなら、話すだけ時間の無駄」と言い捨てて、お兄ちゃんは家を出てしまった。
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