茜色の記憶
そして旦那さんが失踪して八年目、ゆきさんは離婚することを決め、畑を人に譲った。
そして、坂下さんと結婚したのだった。

「彼のためにできることは、わたしはもうやりきった。そう思えたから、新しい人生を始めることができた。でも、罪悪感があったのは事実なの。彼が逃げ出すほど追いつめてしまったのはわたしかもしれない。なのに、なんの話し合いもせずに、離婚してしまっていいのかなって、そう思うと自分がものすごく冷酷なことをしたんじゃないかって思えて」

「そんなこと!」

「やっぱり、人の心ってそう簡単には割り切れないものなのよね」

そう言うとゆきさんは小さく微笑んだ。

「でもね、彼もずっと罪悪感に苦しんできたって」

ゆきさんは愛おしそうに、指で手紙に触れた。

「自分の弱さで全てを放り出して、自分のしでかしたことの大きさがわかってたからどうしても顔をだすこともできなくて、結局こんなに時間が立ってしまったって。本当に全てを後悔してるって……」

ゆきさんの頬をまた涙が一粒流れた。

「だからとにかくいま、わたしが幸せでいてくれることを祈るって。自分がいなくなったおかげで、わたしがもっと幸せになったって思えたら、救われるって……」

なにかをこらえるように、ゆきさんは目を閉じた。

わたしと凪はなにも言えずに、ゆきさんと手紙を見つめていた。

「わたし、あの時優しくできなかったわたしをあの人は恨んでいるのかもしれないってそう思ってたの。わたしとの日々は彼にとって嫌な思い出でしかなくて、記憶の底に封印してしまったんだろうなって……。まさか、こんなに思ってくれてるなんて、思ってもいなかったの」

凪が小さな声で尋ねた。

「その元旦那さんは元気なんですか……」

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