茜色の記憶
ゆきさんは首を縦に振った。

「海外で仕事することになって、しばらく日本から離れるみたい。心機一転やり直すから、けじめをつけたかったんだって」

「え……」

わたしは驚いた。凪は先が長くなくて、病院にいるって言ってなかった? でも、凪がわたしの腕をおさえた。

「そうなんですね」

凪の声は落ち着いていた。

「本当に勝手よね」

と、ゆきさんは笑った。言葉とは裏腹に優しい清々しい笑顔だった。

「この手紙のおかげで、わたしも救われたわ。だから、すぐに返事を書こうと思うの。彼が出発するまでに間に合うといいけど」

「じゃあ、僕が届けますよ」

思いがけない凪の申し出に、わたしも坂下さんも驚いた。

「え?」

「いま書いてくれたら、すぐに届けに行きます。……いつ出発するかわからないのなら、少しでも早い方がいいでしょう?」

凪は穏やかに言っていたけれど、その声に切羽詰まった響きが漂っていることに気づいた。
ノリやその場の思いつきで動くタイプじゃない凪がこんな風に言うってことはきっと、凪を動かさずにはいられない何かがあるってことなんだろう。

「そうだ! わたしも行きますよ」

「でも……」

「善は急げですよ。明日飛んじゃうかもしれない」

わたしたちの勢いに坂下さんは少し考え、「そうね」とつぶやいた。

「少しだけ待っていてくれる? 用意するわ」
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