茜色の記憶
「僕はあなたの奥さん……、元奥さんだったゆきさんの代わりに来ました。あなたが出した手紙の返事を、届けに来ました」

凪は決して大きくはないけれど、はっきりした声で、ゆっくりゆっくり話す。

「ゆきさんの代わりに読みますね」

そういうと凪はそっと手紙を開封した。

「マコちゃん、手紙ありがとう。何度も何度も読みました」

多分、ふたりの間の呼び名だったのであろう「マコちゃん」という言葉を凪が口にしたとき、田ノ上さんの頬がピクッと震えたような気がした。

「あなたがいなくなってから、もう十年以上になります。でも、一日もあなたのことを思い出さなかった日はありません」

凪は穏やかに、丁寧に読んだ。

「思い出すたびに、苦しんできました。わたしのなにがいけなかったのだろうと思ったり、もっと優しくしてあげればよかったのかと思ったり、これほどまでひどい仕打ちを受けなくてはいけないようなことはしていないと思ったり……」

いつも元気なゆきさんが、その明るい笑顔の下でそんな辛い思いを抱えていたなんて、想像もできなかった。わたしは固唾を飲んで、凪が読む手紙を聞いていた。

「でも、あなたがわたしのことを考えていてくれた、気にかけていてくれたことがわかっただけで、救われました、本当にありがとう。わたしはいまとても幸せに暮らしているので、心配しないでください」

凪の柔らかい低い声が病室に流れていく。

「わたしたちは同じ道を歩くことはできなかったけれど、共に過ごした日々の思い出は忘れません。手紙と一緒に届けてもらうのは、わたしたちの畑で採れたトマトです。もう手放してしまったのですが、今あの畑では美味しいトマトがたくさん収穫できるの。そのことが報告できてよかった。どうか、体に気をつけて、お元気で」
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