茜色の記憶
その日の夕方、わたしと凪はあの夕日の見える丘にいた。

隣で夕日を見つめる凪の顔をそっと見上げる。

東京から戻ってくる電車の中でも、凪はずっと黙ったままだった。
窓の外を流れていく風景を見つめるだけでなにも話さなかったし、わたしもなにも話す気になれなかった。

今日だけでいろいろなことが起こりすぎて、頭の中を整理する必要があった。

手紙を書いた人の思いが見えたと言う凪の言葉が、とても本当のこととは思えず半信半疑だったのに、凪はその人の現在の状況、いる場所までわかってしまった。

そして、その手紙を受け取ったゆきさんの反応、ゆきさんが流した涙……。

その返事を届けることができたこと。

もしかしたらわたしたちは他人のことに立ち入りすぎているかもしれないけど、元旦那さんが一筋流した涙を思い出すと、やっぱりあれは届けるべき手紙だったなと思う。

凪は病院を出ると、ゆきさんに電話した。

「ちょうど成田に旅立つところで、渡すことができました」

そう報告する凪のそばで、わたしは黙って聞いていた。
実際の元旦那さんの意識は、手紙を読んで聞かせても、トマトに触れても、戻ることはなかった。でも、ゆきさんの思いが意識を超えた所に届いたのではないかと思えた。
多分、元旦那さんはもう長くはないだろう。でも命の火が消える前に、本当に欲しかったものを手に入れることができたんじゃないかなと、なんの裏付けもないけれど、わたしはそんな風に思った。

そのすべてが凪が手紙の思いを読み取ることから始まったんだ。
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