さくら、舞う。ふわり
それがようやく呑み込めるまで、優に数十分もの時間を要した。
瞠目したまま固まる由衣と、ただひたすら神の許しを乞う信者のように、綾人は彼女が納得してくれるのを待ちつづけた。
そして由衣からでた言葉は、『フランスなんていかないで』というもの。
当然のこと、綾人も直ぐに納得してもらえるとは、初めから思ってなどいない。それでも話し合って、ふたりの未来のために最後は快諾してくれると、そう信じていた。
けれども由衣は決して首をたてにふりはしない。
今回のフランス修業は、バイト先のオーナーにより、知り合いの店を紹介してやれると、そう打診を受けたのだ。
それは綾人の腕を買ってのことで、シェフを志す者としてこの上ない名誉なこと。
それにフランスでの修業は、帰国後の就職に大いに有利だ。ゆく行くは自分の店を構え、そこへ由衣がいてくれたらと、そんな淡い夢も描いていた。
けれどもいくら説得しようと、由衣はかたくなに認めはしない。
フランスに行くのなら、早めに返事が欲しいと、オーナーには言われている。いつしかそれは、焦りから苛立ちに変わり、ついには爆発してしまう。
怒りに任せて、由衣と大喧嘩した。それ以降、互いに冷却期間を設けようと、一度も会ったり連絡を取ることもしていない。