さくら、舞う。ふわり

 一年に一度、今日という日。

 綾人くんが話してくれる、近況報告に耳を傾けるのが、唯一私の楽しみとなった。

 私に流れる時間は、あの日綾人くんの許を走り去った時のまま、止まってしまった。それは決して動きだすことのない、永遠に失われた命という時間。

『ねえ綾人くん。毎年こうして私に逢いに来てくれて、とても嬉しいわ。でも、もう終わりにしましょう。きっと綾人くんだって、解ってるんでしょう? いくらこの場所に来たって、私が存在しないって。

この桜並木には幽霊が出る。それはほんとうのことだった。でも私は存在しない。あなたのまえに、すがたを現すことなんてできないの。だからもう私のことは忘れて、まえに進んで欲しいの』

 いくら私が話しかけても、決して綾人くんの耳には届かない。どれだけ私の好物を詰め、目のまえにひろげて見せても、私はそれを食べることはできない。

 それでも毎年、四月三日になると、綾人くんは花見弁当をつくり、私に逢いに来てくれる。

 初めはそれが当然だと思った。私が死んでしまったのは、綾人くんととなりで眠るあの女のせいだって、自分が死んだと気づいたあとも、恨まない日はなかった。
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