Cookies' Sweet Night
発音トレーニング
「あ、え、い、う、お、あ、お!あ、え、い、う……」
「ここは劇団か何かか」
私が誰もいない夜のミーティングルームで発声練習をしていると、そっとドアを開けて入ってきた二宮先輩が、ぼそっとツッコミを入れた。
「あ、チーフュ……チーフ」
「外まで聞こえているぞ。もっと静かに練習しろ。目立つだろう」
「す、すみません」
「さて、練習の成果を見せてもらおうか」
今日の練習というのは、近々開催されるデザイン企画社内コンペの際のプレゼン練習だ。私は企画書やデザイン、またパワーポイントの資料を作るのは得意なのだが、問題はこの殺人的滑舌の悪さだ。もっと流ちょうにしゃべれなければ、プレゼンも効果が薄い。
二宮先輩は、そこをわかってくれている。それで、今日は時間が取れるから緊張しないように練習に付き合ってくれるという。
「その前に、チーフ。前もってではありましゅ、すが、お礼です」
ここで、朝存在を思い出した手作りクッキーの出番だ。ラッキーカラーは青!私は手のひらに汗がにじむのを感じながら、テーブルに置いていたブルーの小さなボックスを取り上げて、目の前に座った先輩に手渡した。少し手が震えたけれど、ばれてはいない。
「これは何だ」
「お菓子です。作ったんです」
「そうか。ではいただこう」
ボックスのふたが開けられて、あたりにかすかな香ばしくもちょっぴり甘い香りが漂う。だが、先輩はボックスの中に収めたクッキーにくぎ付けになっている。
「な、何か……?」
「お前な……」
先輩はクッキーを1枚つまみ上げると、あきれたように溜息をついた。
「ボックスがブルーなのはいい。だが、なぜクッキーのアイシングまでブルーなんだ」
……はっ!これを作った日曜日に、友人たちとネタでブルーのアイシングがけをしたうちの数枚を入れてきてしまったのだ。それも、あの占いが「ラッキーカラーはブルー」なんていうから、無意識に!食品にブルー。これは……。
「わかったようだな。ブルーというのは、最も食欲がわかない色だ」
「すびば……しぇん」
ああ、私のバカ!焦ってますます滑舌が悪くなっている!占いなんて……もう信じない。とにかく、このクッキーは先輩から返してもらって、ごみ箱追放、失敗がこびりついたボックスは戸棚の隅に流罪の刑だ。ここで、母親譲りの時代劇好きの本性が出たのは内緒だ。
「……ん。だが、うまいな」
って、食べてる!!先輩は、つまんだクッキーをぱりっと心地よい音を立ててかみ砕き、しきりにうなずいている。メガネの奥の黒い奥二重の瞳が笑っている。
「うまかった。ありがとう」
いつもはツッコまれる側の私が心の内で渾身のハリセンを振り下ろそうとした瞬間、さっさとクッキーを食べ終わった先輩が、邪気のない目で私の方へ視線を移した。私のハリセンさばきは不発に終わった。
「お、……お粗末様でしゅた」
ほっとして、先輩の手からボックスを返してもらうとき、私の指と先輩の固くて大きな手のひらがほんの少し触れた。きっと、そこに走った電流がケーブルを通電したなら、私は即死だっただろう。
そんなことを考えているうちに、ぱっと部屋の電気が消えた。
「て、停電!?」
「俺が消したんだ」
「な、なんで……」
「俺が考えた発音トレーニングは、この方がやりやすい」
「そ、そうなんですか……」
なぜか納得してしまう。先輩が言うのだから、とてもすごい方法なのだろう。私は緊張してきた。朝の占いを思い出す。信じてみよう。
……深呼吸して、トライ。
「ここは劇団か何かか」
私が誰もいない夜のミーティングルームで発声練習をしていると、そっとドアを開けて入ってきた二宮先輩が、ぼそっとツッコミを入れた。
「あ、チーフュ……チーフ」
「外まで聞こえているぞ。もっと静かに練習しろ。目立つだろう」
「す、すみません」
「さて、練習の成果を見せてもらおうか」
今日の練習というのは、近々開催されるデザイン企画社内コンペの際のプレゼン練習だ。私は企画書やデザイン、またパワーポイントの資料を作るのは得意なのだが、問題はこの殺人的滑舌の悪さだ。もっと流ちょうにしゃべれなければ、プレゼンも効果が薄い。
二宮先輩は、そこをわかってくれている。それで、今日は時間が取れるから緊張しないように練習に付き合ってくれるという。
「その前に、チーフ。前もってではありましゅ、すが、お礼です」
ここで、朝存在を思い出した手作りクッキーの出番だ。ラッキーカラーは青!私は手のひらに汗がにじむのを感じながら、テーブルに置いていたブルーの小さなボックスを取り上げて、目の前に座った先輩に手渡した。少し手が震えたけれど、ばれてはいない。
「これは何だ」
「お菓子です。作ったんです」
「そうか。ではいただこう」
ボックスのふたが開けられて、あたりにかすかな香ばしくもちょっぴり甘い香りが漂う。だが、先輩はボックスの中に収めたクッキーにくぎ付けになっている。
「な、何か……?」
「お前な……」
先輩はクッキーを1枚つまみ上げると、あきれたように溜息をついた。
「ボックスがブルーなのはいい。だが、なぜクッキーのアイシングまでブルーなんだ」
……はっ!これを作った日曜日に、友人たちとネタでブルーのアイシングがけをしたうちの数枚を入れてきてしまったのだ。それも、あの占いが「ラッキーカラーはブルー」なんていうから、無意識に!食品にブルー。これは……。
「わかったようだな。ブルーというのは、最も食欲がわかない色だ」
「すびば……しぇん」
ああ、私のバカ!焦ってますます滑舌が悪くなっている!占いなんて……もう信じない。とにかく、このクッキーは先輩から返してもらって、ごみ箱追放、失敗がこびりついたボックスは戸棚の隅に流罪の刑だ。ここで、母親譲りの時代劇好きの本性が出たのは内緒だ。
「……ん。だが、うまいな」
って、食べてる!!先輩は、つまんだクッキーをぱりっと心地よい音を立ててかみ砕き、しきりにうなずいている。メガネの奥の黒い奥二重の瞳が笑っている。
「うまかった。ありがとう」
いつもはツッコまれる側の私が心の内で渾身のハリセンを振り下ろそうとした瞬間、さっさとクッキーを食べ終わった先輩が、邪気のない目で私の方へ視線を移した。私のハリセンさばきは不発に終わった。
「お、……お粗末様でしゅた」
ほっとして、先輩の手からボックスを返してもらうとき、私の指と先輩の固くて大きな手のひらがほんの少し触れた。きっと、そこに走った電流がケーブルを通電したなら、私は即死だっただろう。
そんなことを考えているうちに、ぱっと部屋の電気が消えた。
「て、停電!?」
「俺が消したんだ」
「な、なんで……」
「俺が考えた発音トレーニングは、この方がやりやすい」
「そ、そうなんですか……」
なぜか納得してしまう。先輩が言うのだから、とてもすごい方法なのだろう。私は緊張してきた。朝の占いを思い出す。信じてみよう。
……深呼吸して、トライ。