君がいない街
リーベンレーベン
昼休みの食堂、僕は一人でご飯を食べていた。友達と言える人は、留年する度に白紙に戻り、いなくなった。今はただ、根木だけが、友達と言える存在だった。その根木も今日は学校に来ていない。

ここでメールで根木にあのかわいい子の話をするのはどうかとか一瞬考えたけど、あんまり面白くなりそうにないから、やめといた。

「ああミサピョンね、あの子かわいいよなぁ。今年の一回生じゃ一番美人なんじゃないか。さっすがリヤ君。目の付け所が違うねぇ」

そんなことを言われるのも今日は何か嫌だった。

どうして気になっている人がいたら、その人が近くに現れるんだろうか。

どうして思い人はいつも、すぐ近くにいるんだろうか。

「ミサコ何?今日何か面白い人に会ったんだって?」

「何か廊下の暗がりに人が立ってて見つめてきて、何か黙ってこっち見つめてきて、嫌だった」

隣から、そんな会話が聞こえてきそうで、僕は食堂の定食をかっ込むと、直ぐにそこを出た。

対人恐怖症だと思う。直ぐに嫌なことが頭をぐるぐる回る。誰もが自分を笑っているような気がする。誰もが自分の噂をしているような気がする。

で、これは恋愛物語で、案の定神様は僕と彼女を衝突させる。はいはい分かってるよ。どうせそうくるんでしょ。

食堂の階段の下。

ドンっ。誰かとぶつかった。急いでたからだ。謝らないと。

「あ、すみません」綺麗なガラス細工みたいな声がした。

「あ、あ、こ、こちらこそ」僕が下を見ながら目を逸らしていると、

「あ、先輩。今朝はすみませんでした」

と頭を下げる女の子。

瞬間、この子はまだ僕の噂を聞いていないんだと思った。留年し続けた学年一の落ちこぼれ。そんな張り紙が僕の背中には貼られている。そのことをまだ知らないんだ。

「謝らないで、俺に関わっちゃ、良くないよ。」

「先輩何を言っているんですか。そんな訳ないです。私一回生で、色々教えてほしいです!」

早口にそう言って、彼女はちょっと戸惑ったような笑ったようなそんな顔をしてみせた。

なんつーいい子だ。






彼女の名前は秋風美紗と言った。静岡からここ大阪の外れまで来ていて、一人暮らしをしている。

最早説明の過程を省きたいくらい、事は順調に進んで、僕は留年を重ねた時に得た、一回生から二回生に上がるための全知識を彼女に教え込み、彼女は見返りに、僕と話してくれた。

「いつもごめん。俺なんかと話していて」そう言うと、

「何言ってるんですか、先輩」と美紗は笑う。冗談を言ったと勝手に勘違いしてくれたのか。

「うそうそ。ごめんじゃなくてありがとうかな。」

「ありがとうは、私が言いたいです。先輩。今日は午後は何かありますか?」

「ああごめん今日の午後はちょっと先生の用事で遅くなる」

「そうですか……何時くらいですか?」

「九時には帰れるよ」

「明日でも先輩朝早くなるって言ってませんでした?」

「あ、うん」

「先輩家まで遠いんですよね。大丈夫ですか?」

僕は大学まで、地下鉄を端から端までかけて通っている。つい本音が出た。

「ちょっと厳しいかな」と笑う。

「先輩今日、うちに来ませんか?」

「あ、えと……」

「九時に玄関の自転車置き場の前で待ち合わせで!」

「あ、そんな、いいの?」

「はいっ」満面の笑みの女の子。





僕には困った性癖があって、酔っ払うと極度に気持ちが沈み、それだけならまだしも、寝ている女の子の体に触りたがるという性癖があった。

今日はお酒飲んじゃだめだな。

僕はぼんやりとそんなことを考え、そして自転車置き場で美紗を待った。

「先輩」風鈴のような声がして、僕が振り返ると自転車に乗った美紗がこっちを見ていた。

「美紗」

「先輩ごめんなさい。もう来てたんですね。お待たせしてしまって」

「いや、ちょっと早くに終わったから。謝らんでくれ」

「そうですか。先輩、お腹減ってません?」

「おおどっかで何か食べてくか?」

「あ、はい……」

「塩垣定食屋はどう?」

「もう閉まってると思います……」

何だか歯切れが悪いと言うか。何か失言をしたか? 塩垣定食屋がよくなかったか? うーん?

「じゃコンビニ……」

「あの……私……あの……」

「そうだよなコンビニ何か夜中に食べないよな。」

「いえそういう訳じゃないんですが」

「美紗の家に何かない?」

おいおい僕は何を言い出すんだ?そんなの断られるに決まってる。

でも美紗はほっとした顔をして、

「実は先輩のためにちょっと作っておいたんです」と言った。

僕は黙った。

「どうしたんですか?先輩」

「泣いていい?」

「え、あ、はい」

「くくく、あははは」僕は大声で笑った。









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