キミを奪いたい
「……」
なぜかドアを開けっ放しの状態で突っ立っているお父さん。
そこからこちらへ進むこともせず、ドアを閉めようともしない。ただ立っているだけ。
でも、その視線は確かにお母さんだけを捉えていた。
「……」
何の言葉もなく、靴音だけ響かせながらこちらへと歩いてくるお父さん。
お父さんは私達の反対側へと回ると、無表情でお母さん見下ろした。
───ううん。無表情じゃない。
その瞳には、確かに哀しみの感情が浮かんでいる。
当たり前だよね。哀しくない訳がない。
私でもこんなに哀しいんだもん。
お父さんの方が何倍も何十倍も哀しいはずだ。
「……」
「……」
私もリョウも、お父さんの様子を静かに見守っていた。
私達はお母さんに自分の気持ちを伝えたから。
今度はお父さんがお母さんに伝える番だ。
「……菫(スミレ)」
静かに落とされるお母さんへの呼びかけ。
その声色にいつもの棘々しさはなくて。
どこか寂しげで、優しくて……弱々しくて。
今にも消えてしまいそうな声色をしていた。
リョウはお父さんのそんな声を初めて聞いたのか、驚いた表情でお父さんを見つめている。