溺愛はいらない。
気が付けば、自宅のマンション前。
普段から考え事をする時、人に話しかけられてもスルーしてしまうことが多い私。今日だって、そのことでさとみに注意されたばかりだというのに、ふと耳に入った声に、意図もなく私の足は止まってしまった。
聞いたことのある声に、ドクン––ッと私の心臓が波を打つ。
いや––違う。聞いたことのある声なんかじゃない。
その声は、
『––迎えに来た。』
私が忘れたくても、どうしても忘れられなかった声だ。
「……っ」
な、んで…?
目の前にある光景は何…?
状況に、頭がついていかない。
顔を上げて、視界を狭めていた傘を少し上げた先に立っていた人物に、私は声も出ない。
だけど、次の瞬間––
「ッ––」
『莉子!』
体が勝手に、その場から逃げ出すように歩いて来た道のりを逆走した。