嘘は輝(ひかり)への道しるべ
「実は、美香に子供が出来て…」
祐介が口を開いた途端、拓真はカップを落とし「熱い!」と騒ぎ出し、愛輝は「わっ――」と声を上げ、ばあやが腰を抜かしたのは言う間でも無い。
祐介が慌てて、ばあやをソファーに座らせた。
美香は布巾でこぼした紅茶を拭いている。
「おめでとう美香ちゃん」
愛輝は、布巾を持った美香の手を握った。
「ありがとう、愛輝……」
美香は泣き出した。
愛輝は美香の肩をやさしく抱きしめた。
愛輝が、美香の泣く姿を抱くなど初めての事だった。
「ところで、予定日はいつだ?」
拓真が少し落ち着きを戻して言った。
「秋の予定です。それでおじさん、お願いがあるんです」
祐介が、姿勢を正して言った。
「今度は何だ?」
拓真はカップをテーブルに置き、覚悟をしたように祐介に目を向けた。
「美香とも相談したんですが…… 子供をこの家で育てたいんです」
「お願いします。私この家が大好きで…… 広いとかだけじゃなくて、家のあちらこちらに気持ちが暖まるような愛情がいっぱいあって…… ばあやや佐々木さんの気遣いが溢れてて…
この暖かい家で、子供を育てたいです。私、子育てなんてまだ自信が持てなくて……」
「美香にも、落ち着いたら大学へ戻らせたいんだ。それにはばあやの力が必要なんです……」
「かまわんよ。部屋はいくらでもあるし、にぎやかな方が嬉しいよ」
拓真は嬉しそうに顔を緩ませた。
それを聞いたばあやが突然立ち上がった。
「旦那様、お子様を育てるお部屋でしたら、南の客間に手を入れたらどうでございましょう? バスルームもございますし…」
「そうだな。そうしよう……」
「かしこまりました」
ばあやは、頭を下げリビングのドアを開けると、「ひろさん! ひろさん!」と大声を出して叫んだ。
「ひろさんて、誰?」
愛輝が拓真に聞いた。
「お前、知らなかったの? 佐々木だよ! 佐々木弘忠(ひろただ)だよ。ばあやは佐々木峰子(みねこ)だぞ!」
「えっ。何で同じ苗字なの?」
愛輝が不思議そうな顔をした。
「夫婦なのだから不思議な話じゃないだろ?」
「え――っ」
三人は同時に悲鳴を上げた。
「なんでも昔駆け落ちしたところを、偶然私の父親が二人を助けたらしく、それからこの家の事を住み込みで守ってくれているよ」
「全然気が付かなかった…」
愛輝が肩を落とし首を横に振った。
「私も…」
美香が呟く。
「僕も、だよ…」
さすがの祐介も唖然としていた。
「さて、アメリカの正人に連絡だ! あいつすっ飛んで日本に来るぞ!」
拓真は、少年のように燥いでリビングを出て行った。
残された三人は、誰ともなく笑い出した。