いつの日か、あなたを。
はじまり
東京。
昔から、ずーーーーーっと憧れだった街。
「まさか…こんな理由で住むことになるなんてねー…」
大きなキャリーケースを1つ持って、大きめのトートバッグが2つ。それと、財布やスマホを入れるためのショルダーバッグ。
本当に必要なものだけを持って来たつもり。
大丈夫、学生の頃は体育会系の部活だったし、体力には自信があるのだ。
「…でも、やっぱり重い~っ…」
へとへとになりながら、自分を励まして歩く。
私は須藤柚希(すどう ゆずき)。
この春大学を卒業して、最近まで広告を作っている会社に働いていた。
けれど、訳あって、実家から遠く離れた東京に住むことになった。
都会から少し離れた下町に、「ごはんや」という小さな居酒屋がある。そこに、私は向かっているのだ。
建物の隙間から、綺麗な夕日が見えた。もうそんな時間なのか。
夏の盛りも過ぎて、涼しい風が肌をすり抜けていく。
「…にしても、どこにあるんだろう」
私は目的地にたどり着くことが酷く苦手だ。
俗に「方向音痴」ともいう。
そのせいで、今まで自分一人で予定の到着時間に間に合ったことは一度もなく、迷惑をかけてきた。
「でも、もう迷惑かけることないよね」
喋り相手がいないから、ひとりごとを呟いてみる。そう、私は今、一人だ。
別に寂しくはない。ただ、両親が小さい頃に先立ってしまったけど、兄弟はいない訳じゃないし、田舎にある実家には友達もいる。
ただ、身近に頼る人がいなくなった。それだけだ。