最初で最後の恋だから。ーセンセイー
どれくらい時間が経ったのだろう。

周囲を見渡すと誰もいない。

司書の佐藤先生は本を整理する前に帰ってしまったし、古賀君の姿もない。

(関わりたくないよね・・・)

懐かしい記憶に心を通わせそうになった自分が悪かったのだ。

私はスカートを叩き立ち上がった。

そこへガラガラッとドアが開く。

「大丈夫か?」

「古賀君・・・、帰ったんじゃなかったの・・・?』

「帰れる訳ないだろ。
ほら。」

古賀君から渡されたのは、ミルクティーだった。

わざわざハンカチに包まれている。

「言いたくなかったら言わなくて良いけど中学で何があったんだ?」

私は返事の代わりにミルクティーの缶を開けた。

「何も・・・言えない。」

言ってしまったらきっと頼ってしまう。

巻き込んでしまう。

沈黙が時間をさらっていく。

私も古賀君もその場を動こうとはしなかった。

「なぁ、合宿のこと覚えてるか?」

古賀君が言っているのは塾の合宿の事だ。

マキノ高原での進学合宿。

「お前さ、コテージと本館目と鼻の先なのに迷子になったよな。」

「皆で探してるのに中々見つからなくて、木の下で泣いてたトコ俺が見つけたんだ。」

突然ギュッと握られた手は冷めかけたミルクティーより熱い。

「無理矢理聞き出すのはルール違反かもしれないけど、お前の涙を見るのは嫌なんだ。」

「私、泣いてなんかいないよ・・・。」

胸に広がる感情は喉元で言葉になりたがっている。

「委員会で久しぶりに見かけた時声を掛けようか迷ったんだ。
でも、誰とも関わりたく無さそうに見えて。
違う中学だったから俺はお前の三年間は知らない。
でもそれが辛い時間だったなら・・・俺に話してみないか。』

皆の憧れの古賀君は私の憧れの人だった。

迷子の時に助けてくれたように今度もまた助けてくれようとしている。

その手は熱い。

冬の心をじんわりと温めてくれる。
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