徹生の部屋
「どうして今日もお鍋なんですか?」

今日はスーパーだけではなく、最寄り駅周辺にある彼オススメのお店まで連れていかれた。

ガレージから屋敷の玄関までの数分の距離でも、額に汗がにじむ。
遠慮しないでエントランスで降ろしてもらえばよかった、と彼の持つ桜王寺家御用達の肉屋で購入した、高級すき焼用牛肉を心配しても後の祭りである。

「別にクーラーの効いた室内で食べるんだ、問題ないだろう。それとも嫌いだったか? 肉」

「……いえ、大好きです」

もう会計で揉めるのは止めた。どうあっても払わせてもらえないのがわかったから。
その代わり、家事労働という対価で払うことに落ち着いたのだ。

不意に徹生さんは、日が傾きかけた空を見上げる。
ほんのりと夕焼け色に染まり始めた空と、百年以上もの時空を越えて現れたような佇まいの洋館を臨む風景は、このまま四角く切り取って額に入れて飾りたいくらいに美しい。

つい、暑さも忘れてうっとり眺めてしまう私の傍らで、徹生さんは茜空に向けたままの目を眇めた。

私にとっては名画のような光景も、彼には見慣れたおもしろみのない景色なのだろうか。

そう思った瞬間、ざわざわとしたものが胸の中を通り過ぎていったように感じた。

駅前商店街にある八百屋で買った、甘さは保証付きだという大きなスイカを徹生さんに押しつける。

「洗濯物を取り込んできます! これ、冷蔵庫にお願いしますね」

彼も込みで異世界のような風景から逃げるように、私は全速力で庭に回った。



冷蔵庫に袋ごと押し込められていた材料を使用して、フライパンで作ったすき焼きは、わりしたの甘味が少し強い。
何度作っても味が定まらない自分に軽く落ち込む。

「そうか? 卵をつけるとちょうどいいと思うが」

味付けに文句を唱えるでもなく、むしろ美味しそうに食べてくれるのは嬉しいけれど、たぶん肥えているはずの徹生さんの舌の感度を疑ってしまう。

ひとりだと絶対に買わないスイカをデザートにして、本日の夕食は終了した。






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