徹生の部屋
連日の夜更かしはやっぱり辛い。
昨夜と同じ時間帯に的を絞ることにして、それまでは交代で仮眠をとろうということになった。
22時から0時までは徹生さん、その後2時までが私、と休む順番を決めて、姫華さんの部屋に持ち込んだ、毛布やらクッションやらで寝床を作る。
徹生さんは私にベッドを使えと言ってくれたけれど、ほんの二時間程度だし、やっぱり無断で借りるのは気が引けたのだ。
それを伝えたら、ふふんと鼻で笑われたのは、初日の件があるからだろう。
先に横になった徹生さんの傍らで、書斎から借りた本をめくって時間を潰していた。
小さな音も聞き逃さないよう、極力音を立てずにいる室内。
それでも窓越しに、緑豊かな庭からの微かな虫の声が届く。今夜も熱帯夜になりそうだというのに、その音色には早くも秋の気配が漂う。
そして、斜め下で徹生さんがたてる規則正しい寝息は、注意深く耳を澄まさないとわからないくらい静かだ。
クッションに半分だけ顔を埋めてこちらを向いている寝顔の、閉じられた瞼を縁取る長く濃い睫毛がうらやましい。
思い出せば、姫華さんもパッチリ二重に天然睫毛がバッサバサだったなあ。やっぱり兄妹だ。
お人形さんのようにスベスベお肌だった彼女だけれど、さすがにこちらにはヒゲがうっすら伸びてきている。
あ、こんなところにホクロがあるんだ。
髪が乱れ、耳たぶの裏側に隠れていた小さなホクロが露わになっていた。
「もう時間か? なかなかに大胆な起こし方をしてくれる」
唐突に開かれた目の近さに驚く。私はいつの間にか、眠っている彼の顔を、まじまじと覗き込んでいたらしい。
「やだ、ごめんなさい。違うんです」
「自分からここまで近づいておいて、それはないだろう。遠慮せずに目覚めのキスをして構わないぞ」
寝起きのとろんと潤んだ瞳で笑みを作り、私の後頭部に手を伸ばしてさらに顔を近づけようとするのを、両手を使って全力で阻止し続ける。
キスで目を覚ますのは、王子さまではないはずだ。
そこへ、念のためかけていた携帯のアラームが深夜0時を知らせ、真夜中のバカバカしい攻防の仲裁をしてくれた。
「シンデレラはお休みの時間だ」
徹生さんは肩をすくめて私に即席の寝床を譲り、ノートパソコンを膝の上で開く。
「まだ仕事が残っているんですか?」
「やることはみつければいくらでもあるからな。ちゃんと起こしてやるから、早く寝ろ」
すっかりボサボサになってしまった私の髪を梳くようにひと撫でして、画面に集中する。
0時を過ぎたらシンデレラにかけられた魔法は解けて、もとの灰かぶりに戻る。
いま私が送っている、この非現実的な生活は、あと何日続くのだろうか。
カタカタと刻まれるキーボードの音を子守唄代わりに、束の間の眠りに就いた。
昨夜と同じ時間帯に的を絞ることにして、それまでは交代で仮眠をとろうということになった。
22時から0時までは徹生さん、その後2時までが私、と休む順番を決めて、姫華さんの部屋に持ち込んだ、毛布やらクッションやらで寝床を作る。
徹生さんは私にベッドを使えと言ってくれたけれど、ほんの二時間程度だし、やっぱり無断で借りるのは気が引けたのだ。
それを伝えたら、ふふんと鼻で笑われたのは、初日の件があるからだろう。
先に横になった徹生さんの傍らで、書斎から借りた本をめくって時間を潰していた。
小さな音も聞き逃さないよう、極力音を立てずにいる室内。
それでも窓越しに、緑豊かな庭からの微かな虫の声が届く。今夜も熱帯夜になりそうだというのに、その音色には早くも秋の気配が漂う。
そして、斜め下で徹生さんがたてる規則正しい寝息は、注意深く耳を澄まさないとわからないくらい静かだ。
クッションに半分だけ顔を埋めてこちらを向いている寝顔の、閉じられた瞼を縁取る長く濃い睫毛がうらやましい。
思い出せば、姫華さんもパッチリ二重に天然睫毛がバッサバサだったなあ。やっぱり兄妹だ。
お人形さんのようにスベスベお肌だった彼女だけれど、さすがにこちらにはヒゲがうっすら伸びてきている。
あ、こんなところにホクロがあるんだ。
髪が乱れ、耳たぶの裏側に隠れていた小さなホクロが露わになっていた。
「もう時間か? なかなかに大胆な起こし方をしてくれる」
唐突に開かれた目の近さに驚く。私はいつの間にか、眠っている彼の顔を、まじまじと覗き込んでいたらしい。
「やだ、ごめんなさい。違うんです」
「自分からここまで近づいておいて、それはないだろう。遠慮せずに目覚めのキスをして構わないぞ」
寝起きのとろんと潤んだ瞳で笑みを作り、私の後頭部に手を伸ばしてさらに顔を近づけようとするのを、両手を使って全力で阻止し続ける。
キスで目を覚ますのは、王子さまではないはずだ。
そこへ、念のためかけていた携帯のアラームが深夜0時を知らせ、真夜中のバカバカしい攻防の仲裁をしてくれた。
「シンデレラはお休みの時間だ」
徹生さんは肩をすくめて私に即席の寝床を譲り、ノートパソコンを膝の上で開く。
「まだ仕事が残っているんですか?」
「やることはみつければいくらでもあるからな。ちゃんと起こしてやるから、早く寝ろ」
すっかりボサボサになってしまった私の髪を梳くようにひと撫でして、画面に集中する。
0時を過ぎたらシンデレラにかけられた魔法は解けて、もとの灰かぶりに戻る。
いま私が送っている、この非現実的な生活は、あと何日続くのだろうか。
カタカタと刻まれるキーボードの音を子守唄代わりに、束の間の眠りに就いた。