徹生の部屋
そして。
私はふかふかのベッドの上、王子さまのキス……ではなくて、自分の咳で目が覚める。

「どうして起こしてくれなかったんですか。それに、姫華さんのベッドを勝手に使っちゃうし」

もはや不機嫌も不満も隠すつもりはない。
朝食は超手抜きのトーストと目玉焼きのみ。それも、ちょっと焦げ付きだ。

徹生さんはそれでも黙々と、バターをたっぷり塗った食パンをかじり、食卓に並べた醤油とソースの二択に悩んだすえ、キッチンから塩を持ってきて固焼き目玉に振りかけた。

「あまりによく寝ていたから起こすのも忍びなかったし、あのままでは身体も辛いだろうという親切心だ。たまに咳もしていたから、風邪でもこじらせたら大変じゃないか」

「風邪なんかひいてませんよ。熱もないし、いまは咳も鼻水も出てないし」

たしかに起きたときは喉に違和感があったけれど、もうまったくなんともない。それなのに彼は訝しげに首をひねる。

「鼻水? この前はクシャミもしていたな。本当に風邪じゃないのか?」

「おばあちゃんが言っていたように、エアコンのせいかもしれません」

やっぱりクーラーを点けっぱなしで寝るのは、身体に良くないのだと力説したところ、「そんなわけがない」と一刀両断された。

「まあ、代わりに俺が起きていたんだからいいじゃないか。例の音も聞こえなかったことだし」

そのことが、さらに私の心を苛つかせる。

徹生さんひとりに任せてしまった挙げ句に、なんの収穫も得られなかったとあっては、重ね重ね申し訳ない。

だからこれは、吞気にベッドで爆睡してしまった自分が情けなくて、ただの八つ当たりをしているだけだ。

半熟の黄身をつついていたフォークを置き、膝の上に両手をのせて深呼吸をひとつ。気持ちを落ち着かせてから、頭を下げた。

「すみません。ありがとうございました」

徹生さんはなにも悪くない。

「楓が謝るようなことはされていない。……いや、むしろ俺が礼を言うべきか?」

不穏な笑みを浮かべた。
それってもしかして、この簡単な朝ごはんに対してのイヤミ!?

「夕飯は絶対にご満足いただけるものを作りますから、期待していてくださいっ!」

鍋なんかよりもっと凝ったものを用意して、ビックリさせてやるんだから。
テーブルの下で決意の拳を握る。

「それはまた楽しみだな」

私の宣言を受けて不敵に笑い、食後のコーヒーを飲み終えた徹生さんは、「少し休むから上がってくるな」と言い置いて、また自室に戻ってしまった。


















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