徹生の部屋
狼狽える私とは裏腹に、徹生さんは泰然とコーヒーカップを傾けて喉を潤し、満足げに頷いた。

「犯罪を犯しているわけでもないし、どこにも問題はないだろう?」

「そうね、いまのところは。まあ、いいわ。詳しいことは今夜説明してもらうから」

「今夜?」

「やっぱり忘れていたのね。海岸で行われる花火大会よ。今年は父だけでなく、浩志叔父さまと桃子叔母さまもいらっしゃるの。この意味、あなたならわかるでしょう?」

私には初耳の名前でも、徹生さんは鋭く反応して目を見張る。
おじさん、おばさん、ということは、親戚関係?
ふたりの間で交わされる会話からすっかり置いてきぼりにされ、私は居場所を失っていた。

「それなら顔を出すことにしよう。――楓と一緒に」

「え? 私もっ!?」

唐突に満面の笑顔を向けられ、わけがわからず顔を逸らすと、今度はしかめっ面の寿美礼さんと目が合ってしまう。

「では会場で。楢橋、行きましょう」

結局彼女はコーヒーに手を付けず、終始立ったままだった楢橋さんが開けた応接間の扉から悠然と退室していく。

見送りは? と徹生さんを振り返れば、彼が腰を上げる様子はない。

じゃあ、せめて私だけでも。
彼女を追おうとしたら、楢橋さんが室内に向け一礼した。

「お見送りはご不要です。ごちそうさまでした。失礼いたします」

接客のお手本のようなお辞儀に見惚れているうちにドアは閉められ、この屋敷はまた徹生さんとふたりきりになる。

いろいろと訊きたいことはあるけれど、複雑な事情がありそうでなんとなく躊躇われる。

「ごちそうさま」と言われても、ひと口どころか手さえも付けてもらえなかった二客と、飲み干された徹生さんのカップをワゴンに乗せた。

「もう一杯淹れてくれないか。あっちで一緒に飲もう」

おもむろに立ち上がった徹生さんは、また私の頭をひと撫でして応接室をあとにした。





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