徹生の部屋
グツグツと煮える音とお出汁の香りが美味しそう。
すでに胃は食べる準備を始めている。熱々のアルミ鍋ごとテーブルに運んだ。

あれ、珍しい。
テーブルの上で、休暇中に迷惑メール以外音沙汰のなかった携帯が、メッセージの着信を告げる。
火から下ろしたのに、まだ沸騰を続けているうどんをそのままにして確認した。

『生きてるか~?』

一瞬ギクッとするひと言のあとに続くのは、何枚もの写真。実家に一家で帰省中の兄からだった。

二歳になった甥っ子と生後四ヶ月の姪っ子の写真が中心で、親バカ全開。
ついでも孫バカになっている両親の顔も、久しぶりにみることができた。

『楓も帰ってくればよかったのに。ばあちゃんのいなり、旨いぞ~』

お皿いっぱいに並んだいなり寿司の画像まで送ってくる。私の大好物だと知っていての嫌がらせだろう。
甘辛く煮含めた油揚げの懐かしい味を求めて止まない口で、食べ頃に冷めたうどんをすすった。

ところが、二、三口食べたところで箸が止まってしまう。あんなにお腹が空いていたはずなのに。

いままでにも幾度となく食べた味に変わりはないはずで、加熱するだけの調理方法だって間違っていない。
それにかかわらず……美味しいと思えない。

持て余して箸でつついているうちにも、麺は汁を吸っていく。このままでは余計に不味くなるだけだ。
半ば義務感に駆られて箸と口を動かしたけれど、それも半分くらいでもう無理だった。

手を合わせて「ごめんなさい、ごちそうさまです」とうどんに謝る。

やっぱりまだ、本調子じゃないのかな。
これなら大丈夫かと、デザートに買ったグレープフルーツゼリーの封を開けた。

コンビニオリジナルのふるふると揺れるごろっと果肉入りのゼリーは、常に冷蔵庫に入っている。今日もまとめ買いしてきたくらいお気に入りの商品である。

だけどやっぱり一匙すくっただけで違和感を覚えてしまい、結局はラップをして冷蔵庫に戻してしまった。

ただの食あたりかと思っていたけど、さすがに少し不安になる。
その一方で、食欲がわかないわけではないし、ほかに身体の変調はみられない。お腹の調子だって、もうすっかり通常モードに戻っている。

ペタッとテーブルに突っ伏して目を閉じると、瞼の裏におばあちゃんの作ったおいなりさんが浮かんだ。
















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