徹生の部屋
コンビニでは、当座の食料しか買ってきていない。料理といわれても……。

お米はあるからまずはご飯を炊く。その間にスカスカの冷蔵庫の中身を漁った。

そうだ! 賞味期限ギリギリのちくわを冷凍庫に移動させていた。あとは卵がまだ大丈夫なはずだ。

ひとつだけ転がっていた玉ねぎ、霜がついたミックスベジタブルを投入してできあがったのは、余り物感満載の炒飯だ。

桜王寺邸で作ったときも寄せ集めの具材だったけど、今回は輪をかけて貧乏くさい。

「やっぱりな」

ひと口食べた徹生さんは満足そうに頷くと、それからは一度もスプーンを休めずに食べきった。
あんなに食が進まなかったはずの私も、きちんと一人前を完食。

インスタントなのに、彼はバリスタが淹れたコーヒーを飲むように食後の一杯をゆったり愉しむ。

「そんなにお腹が空いていたんですか?」

彼なら、高級中華だって食べ放題のはずなのに。
それとも、もしかして私ってば、実はものすごい料理上手なの?
そんなわけない。自分が一番よく知っている。

ゴトンとコーヒーのオマケでもらったマグカップを置き、徹生さんは手招きした。

洗い物を終えた私は、床にあぐらをかく彼の前に正座した。

「楓が帰ったあと、置いていったおにぎりを食べたんだが、それがとてつもなつ不味かった」

「そんなはず……」

炊飯器が炊いたご飯を丸めただけだ。そこまで言われるようなものではないと思う。

「不味い、というのは少し違うか。特別味がしなかった、旨いと感じなかった、が適切だな。それまで楓が作ってくれた料理は、どれも美味しく食べられたというのにおかしなものだと」

彼に出したものはみんなキレイに平らげてくれていたから、それは嘘ではないだろう。
じゃあ、なんであのおにぎりだけ?

「それで思い返してみたら、楓が作った料理だけじゃなく、いっしょに食ったものすべてが、いつもより旨かったことに気がついた」

初日の酒盛りから始まって、ファミレスのランチにスイカ、屋台のタコ焼きやお好み焼き。特別なものなんて、何ひとつなかった。

「けっきょくは『なにを食べるか』ではなく『誰と食べるか』が俺にとっては重要で、その『誰か』は、楓――おまえだったんだ」

引き寄せられた身体はすっぽりと包まれて、口の中でコーヒーとチャーハンの味が混ざり合う。

その味もなくなるくらいに食べ尽くされて、ようやく彼の唇から解放された。
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