花の刹那
ブンッ…ブンッ…
木刀の音が、昼下がりの微温い空気を震わせている。
熱心に素振りをしているのは、香の兄で、佐野家嫡男(長男。次の当主)の、佐野鷹成。
今年で16になる。
武芸は苦手な方だが、学問の才があり、安房の中では右に出る者はいないとさえ噂されている。
香は、広間の縁に腰掛け、その兄の様子を眺めていた。
一緒に稽古をしていた子どもたちは、四半刻(30分)ほど前に、城下にある自分の屋敷に帰っていった。
中庭に残っているのは、佐野兄妹のみである。
「兄上、今日は随分と熱心ですね」
「ん?そうか?まあ、俺は一番年嵩だからな…皆の手本にならねばと思うてな」
そう言って快活に笑う鷹成。
(爽やか男児、ここに極まれり…だな)
香は心の中で苦笑した。
それに比べて私はーー、と、肩を落とす。
(男子に混じって剣術をし、弓を習い、兵法を学び…その上料理や縫い物は大の苦手。口ばかりが達者になるし、女子らしさのかけらもないな…)
「…兄上はようございますね」
「何がだ?」
「男子に生まれて」
「そうか?男子に生まれてしまっては、戦に出ねばならぬし、何より嫡男として生まれなければ、無用の長物と捨てられてしまうぞ」
「そうかー…それもそれで嫌です」
「だろう?…ああ、でも、香は俺よりずっと男らしいからのう!」
「どういう意味ですか兄上?」
香は半笑いの般若の如く、鷹成を睨みつけた。
「じょ、冗談だ、香。然様に怒るな」
「怒ってなどおりませんよ?仰る通り、私は男勝りでございますから?」
「まあまあ、拗ねんでくれ。だが、俺よりお前の方が当主に向いておると思うぞ、冗談抜きで」
「いえ、私は…血を見るのが苦手ですから」
「ああ、そう言えばそうだったな」
「武家の子が情けないとは思うのですが…どうもあの赤いのだけは好きになれません」
「はは、血が好きな者などそうそういないよ。それに、人には得手不得手というのがあるのだから、気に病むことはあるまい」
「それならば、良いのですが」
しばらく唇を尖らせていたが、何か思いついたような晴れやかな顔で、香は脇の木刀を引っ掴み、立ち上がった。
首を回して、うーんと背伸びをすると、挑戦的に微笑んだ。
「兄上、私も体を動かしとうなりました。手合わせお願いできますか?」
「ああ!望むところだ!」