立花あかり~過去編~
それから数日後、

(…広い)

あたしは屋敷の広さに圧倒されていた。

傷が治るまでずっと同じ部屋にいたからわからなかったが、この屋敷はとても広い。

なにも考えずに歩いていたら迷子になりそうだ。

でも、あたしが部屋を探索していても彼以外の人に会うことはなかった。

彼は独りでここに住んでいるらしい。

その割には部屋はきちんと管理されているらしく、きれいに保たれていた。

彼は掃除が好きらしい。

実際、何度か自室を掃除しているのもみたことがある。

それと、この屋敷にはたくさんの本があった。

あたしはここの本を眺めるのが好きだ。

彼が側にいない時に人間の姿になり本を取りだし、机にそれを持って行き広げる。

文字は読めなかったが、どの本も挿し絵が綺麗で、眺めているだけで楽しかった。

そして見終わったらあたしが本を取りだしたのがバレないようにそっと元にあった位置に戻す。

暇なときは彼の行動を観察し、最近掃除がされていない部屋の掃除をする。

彼に住む場所と食事を提供してもらっているのだから、これくらいはやって当然だと思っている。

むしろ、他にできることがあればやりたいのだが、他に子狐にできることはなかった。

そう、あたしは彼の前で人間の姿になったことがない。

正直、彼に嫌われ、捨てられるのが怖かった。


だからあたしは来る日も「子狐」を演じ続けた。
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