HAZY MOON
「……聞いてたんだろ? 昨日の会話」


「っ!?」


尊に勢い良く手を掴まれていた。


反射的に振り返った先には、ただ無表情にわたしを見下ろす尊が居た。


「祖父さんたちから何も聞かされて無いんだろ?」


「…………」


尊の長い指が、わたしの頬を撫でた。

ひんやりとした感触に、何故か動けなくなる。


「跡取りだった雅晴(まさはる)さんが亡くなってしまった。……そこで白羽の矢が立ったのがおまえ」


久しぶりに聞いた父の名前。
それを打ち消すような衝撃。

跡取り。
白羽の矢。


どれもわたしには一度たりとも聞かされることの無かった話だ。



「母親が居なくなったおまえと、仲良くしてやってくれって頼まれたのが始まり」


それは、わたしと尊の出逢い。

母親に捨てられて泣いていたわたしの手を引き、遊んでくれる優しい男の子。



「いずれ、全てを雫希に譲るつもりでいる。だから、君には雫希を支えて貰いたい」


静かな口調で淡々と紡いでいく尊の瞳は、どこか冷たい色を帯びていた。

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