HAZY MOON
「おまえが笑って暮らしていること。……それが夕希の願いだった」
梶先生の口から出て来る母の名前は、すごく近い距離にある。
……親しい友人?
そんなんじゃない。
「アナタは……誰?」
息を飲み、彼の答えを待つ。
わたしの質問に一瞬だけ顔色を変えた梶先生は、髪をくしゃりと掻きながら静かに答える。
「……夕希の、再婚相手」
掻いた髪の隙間から、ちらりと見える薬指の指輪。
それは……、母と梶先生が誓った愛を証明するものだった。
呼吸を忘れてしまう程驚いた。
ぐっと見開いた瞳に梶先生を映しながら、
あぁ、やっぱりか。
頭の隅では、冷静な感情がこう呟いていた。
「十二年前。おまえと死んだ雅晴から夕希を奪った男だ」
「っ!!」
これは開き直りなのか……。
はっきりと言い放つ梶先生の言葉が頭にこびりついて離れない。
「ついでにもう一つ、教えといてやる。……十二年前、夕希はおまえを連れて行くつもりだった」
膝の震えが止まらない。
視界が滲んで、口がやたらに渇いていく……。
まだ学生だった俺が、それを止めさせた。生活が苦しくなるだけだって」
両手で口を押さえて嗚咽を堪えた。
膝の震えが全身に広がり、足元から崩れそうになる。
「触らないでっ!」
足をふらつかせるわたしに、梶先生の手が伸びてきた。
体をギュッと縮めて、全身で拒否をする。
「触らないで……放っといてっ!」
溢れ出す涙が頬を次々に伝い、落ちていく。
噛み締めた下唇と、上目に睨み付ける梶先生。
滲んだ視界で、ぼーっとわたしを見つめる梶先生が揺れた。
梶先生は何か言いたげに一度口を開き、サンダルを鳴らして去って行った。
尊と祖父母に見た虚像の中で、ずっと恨んでいた母の愛を見た。
母はわたしを捨てたんじゃない……。
唯一の本物は、ボロボロのわたしの心の小さな支えになった。
わたし……独りじゃないよ、ね?
梶先生の口から出て来る母の名前は、すごく近い距離にある。
……親しい友人?
そんなんじゃない。
「アナタは……誰?」
息を飲み、彼の答えを待つ。
わたしの質問に一瞬だけ顔色を変えた梶先生は、髪をくしゃりと掻きながら静かに答える。
「……夕希の、再婚相手」
掻いた髪の隙間から、ちらりと見える薬指の指輪。
それは……、母と梶先生が誓った愛を証明するものだった。
呼吸を忘れてしまう程驚いた。
ぐっと見開いた瞳に梶先生を映しながら、
あぁ、やっぱりか。
頭の隅では、冷静な感情がこう呟いていた。
「十二年前。おまえと死んだ雅晴から夕希を奪った男だ」
「っ!!」
これは開き直りなのか……。
はっきりと言い放つ梶先生の言葉が頭にこびりついて離れない。
「ついでにもう一つ、教えといてやる。……十二年前、夕希はおまえを連れて行くつもりだった」
膝の震えが止まらない。
視界が滲んで、口がやたらに渇いていく……。
まだ学生だった俺が、それを止めさせた。生活が苦しくなるだけだって」
両手で口を押さえて嗚咽を堪えた。
膝の震えが全身に広がり、足元から崩れそうになる。
「触らないでっ!」
足をふらつかせるわたしに、梶先生の手が伸びてきた。
体をギュッと縮めて、全身で拒否をする。
「触らないで……放っといてっ!」
溢れ出す涙が頬を次々に伝い、落ちていく。
噛み締めた下唇と、上目に睨み付ける梶先生。
滲んだ視界で、ぼーっとわたしを見つめる梶先生が揺れた。
梶先生は何か言いたげに一度口を開き、サンダルを鳴らして去って行った。
尊と祖父母に見た虚像の中で、ずっと恨んでいた母の愛を見た。
母はわたしを捨てたんじゃない……。
唯一の本物は、ボロボロのわたしの心の小さな支えになった。
わたし……独りじゃないよ、ね?