HAZY MOON
記憶
父の記憶はほとんどわたしには残されていない。



そんな中で、最初で最後。
大きな手のひらと、優しく笑う母の手に引かれながら動物園に行ったこと。



ライオンの檻の前で、怖いと言って抱かれていた広い胸で泣きじゃくったわたし。


顔は覚えていないけど、わたしはこの人の腕の中が大好きだった。


傍らで笑いながら撫でてくれる母が、ハンカチでわたしの顔を拭う。



「ママのところ行くか?」


頭の上から降ってきた声に、首を振って拒否をした。


「……ハルが良い」


そう言って、わたしは抱かれていたハルの胸に更に顔を寄せた。



最初で最後の幸せな家族の時間。



お父さん……。
なんで、わたしとお母さんを置いて逝ってしまったの……?






目覚めると、瞳からは沢山の涙が溢れていた。


袖で涙を拭い、時計に目をやる。
いつも目を覚ます時間はとうに過ぎ、一限目の授業の開始時間を指していた。



急いで支度をすれば、二限目には間に合うかもしれない。

しかし、そんな気が起こったのもほんの一瞬。


昨日の今日で、尊にも梶先生にも会いたくはない。

それだけじゃない。
祖父も祖母も、とにかく今は誰にも会いたくなかった。





それでも、ドア越しに聞こえる祖母の心配する声がうざったくて、午後からは学校に向かうことにした。



やっぱり、授業を受けるような気分にはなれなくて、放課後まで図書室の机に突っ伏していた。


こうしていればまた、夢の中で父に会える気がして……。



そう思って、父の記憶を呼び起こそうとしたとき、わたしの頭の中で何やら引っ掛かることがあった。


昨日、梶先生の口から出た父の名前。

梶先生は、父とどいいう関係だったんだろうか……。






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