HAZY MOON
「……何の用だ?」


放課後の美術準備室には、相変わらず梶先生しか居なかった。

椅子に座り、本を読んでいた梶先生が眼鏡の隙間からこちらを窺う。


そんな梶先生に歩み寄りながら、わたしは呼び掛けた。


「ハルっ」

「……っ」


呼ばれた梶先生は、今までで一番驚いた顔でわたしを見つめている。


やっぱり……。
思い出の中のハルは父で無く、梶先生だ。



「梶先生。アナタは……お父さんとどんな約束したの?」


呆然とわたしを見つめる梶先生の手に、くすんだシルバーリングを置いた。


「……それ、お父さんとお母さんの結婚指輪でしょ?」


内側に刻まれたイニシャル。
雅晴のMと夕希Y。
それをずっと梶先生は、どんな気持ちでつけていたんだろう……。



「雅晴は……最期まで夕希と雫希のことを想ってた。……遺して逝きたくない、ずっと傍で守ってやりたいって……泣きながら言ってた」


静かに語り始めた梶先生は、切なげに手のひらの指輪を見つめた。


いつも明るく笑っていた親友のやせ細った泣き顔。
それは、十二年経った今でも鮮明に記憶に残っているという……。



「最期、指輪と一緒に、夕希と雫希を守って欲しいって言われた。……だから、幸せにするって約束した」


「じゃあ……お父さんの代わりに?」


指輪からわたしに視線を移した梶先生は、静かに首を左右に振った。


「代わりになる……なんて自惚れでしかなかった」


「なんで……」


梶先生は一瞬、窓の外を見る。
視線は遠く、定まらない。

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